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声の魔法!🪄vol.10 滑舌を改善する①

滑舌攻略の前に、確認すべきこと

前回投稿はこちら。

さぁ、いよいよやってきました。声の魔法クエスト最終盤。敵は「滑舌」です。滑舌を改善したい!という勇者たちが我こそはと戦いを挑み、そして散っていくーーそんな悲劇を繰り返さないために。

まずは事前準備をしっかり行なっておきましょう。最強の装備に最強の状態が揃っていなければ、敵を倒すには心許ないですよね。もちろん、魔法だって必要です。

発音と滑舌の関係

vol.9で紹介した、声を分析するための5つの視点。

声を分析するための5つの視点。

4番目に位置する構音とは発音のことであり、一般の方にとっては滑舌のことだとお伝えしました。補足させていただくと、イコール(=)ではなくニアリーイコール(≒)の関係です。

発音はひとつひとつの音を出す方法のこと。対して滑舌は出した音をつなげてことばにする、その運動のことを言うイメージ。ちなみに英語で発音はpronunciation、構音はarticulationと言いますが、滑舌は適切な単語がないのだそうです。滑舌を気にするのは日本人だけということなんでしょうか。

英語の問題はさて置いて構わないのですが、発音については置いておけません。まずは日本語の発音について確認しておきましょう。なぜなら、発音≒滑舌ではありますが、滑舌が悪いと思っている人の中に、実は滑舌でなく発音の問題が潜んでいる場合が往々にしてあるのです。

発音を確認しよう

滑舌ではなく発音の問題だった! その1「側音化構音」

日本語には5つの母音と13種類の子音があります。そのひとつずつで出し方が決まっています。私たちは誰に教えられたわけでもなく、自然にこれらの出し方を習得してきました。6歳頃までにはすべての母音と子音が出せるようになると言われています。ちなみに何らかの要因で自然習得できなかった子どもたちに音の出し方を教えるのも言語聴覚士の仕事です。毎年秋頃になると、就学を見据えた年長さんの発音リハビリラッシュで、私たち言語聴覚士も大忙し。

このように成長する中で習得していく発音ですが、その過程でときに誤った発音癖を身につけてしまう場合があります。本来なら舌をこの位置において、このように動かして……と正しく決まっているものなのですが、少し違う位置に舌を当ててしまったり、動かし方が間違っていたり、という状態です。この状態で発音すると、それっぽい音は出せますが、クリアな発音になりません。

本来ならこの状態は「発音が悪い・誤っている」と表現されるべきなのですが、なぜか日本語では発音について意識されることが少なく、総じて「滑舌が悪い」と言われてしまいます。

この「誤った発音癖」の代表的なものが「側音化構音(そくおんか・こうおん)」です。構音というのは医学用語で発音のこと。では「側音化」とはなんなのか。それを知るために、まずは正しい声の出し方を見ていきましょう。正しいことがわかるからこそ、自分の発音が間違っているかどうかが判断できます。

正しい声の出し方の解説です。「声は口の真ん中から出る」、これだけ。この声は、息と置き換えることができます。発声するためには呼気の力が必要。その呼気は、口の真ん中を通ってでていきます。

対して側音化構音は、「側音」と言うくらいですから、空気が真ん中でなく、横から出ていきます。

左が正しい発音、右が側音化構音

イラストでは両端からと言っていますが、人によっては片側からのみ漏れる人もいます。側音化構音はイ列(イ・キ・シ・チ・ニ・ヒ・ミ・イ・リ・イ)の音に出やすく、たとえば「キ」の音は「チ」に近い音に、「シ」の音は「ヒ」に近い音に聞こえます。そのほかサ行・ザ行・ナ行・ラ行にも出やすいです。ラ行が苦手という方で側音化構音だったという例もしばしばあります。

なぜこんなことが起こるのかというと、声を出すときに舌の真ん中が盛り上がり、口の天井部分に接触して、真ん中の道を塞いでしまうからです。道を塞がれた呼気は、横にずれるように迂回して外に出ていきます。

以下の音声サンプルは、「キ」の音と「シ」の音を、わざと側音化させて話したものです。最初が正しい音、2つ目が側音化している音で、後半はそれを2回繰り返しています。

2つ目の方が息漏れがひどく、クリアな音に聞こえていません。単音でこれですから、単語や文章になれば、異常さが悪目立ちします。この状態で話している人は「滑舌が悪い」と言われてしまうことでしょう。

なお、側音化構音がある人は、話しているとき唇の口角が片方だけ時折上がることがあります。滑舌の悪さで悩んでいる人は、自分の話す姿を鏡で見て口角の動きをチェックしてみてください。発声時、口や舌は必ず左右対称で動きますから、唇が片方だけ歪むことは通常ありません。そのような動きが出る場合、舌を左右対称に使えていない証拠になります。

治し方は、理論としては簡単です。空気が真ん中から通るよう、舌の位置の状態の調整をします。大人の方であれば1回のレッスンで正しい音をつかめる方もいます。ただし、それが日常会話で使いこなせるようになるかというと、この道のりはなかなかの長さです。子どもの場合だと1年以上かかることもあります。時間をかけて舌の改造を行うイメージです。

滑舌ではなく発音の問題だった! その2「舌小帯短縮症」

舌先を口の天井に貼り付けたまま、口を開けてみてください。舌の裏側がぴん!と伸びますよね。慣れていないと痛いかもしれません。このとき舌の裏側に伸びている、粘膜でできた縦ヒダ。これを舌小帯(ぜっしょうたい)といいます。この帯のような縦ヒダが生まれつき短い人が稀にいます。舌小帯短縮症(ぜっしょうたい・たんしゅくしょう)というのは医学的な症状名ですが、診断まではいかなくとも、短めという方もいます。その場合、滑舌が悪いと評されることが多いですが、これも発音の問題です。

なぜ舌小帯が短いと発音の異常が起きるのかというと、舌の動く範囲が平均的な長さの人よりも制限されてしまうから。当てるべき位置に舌先を当てなければならないのに、そこに届かず、結果的にクリアな発音にならないということが起こります。特に苦手とされるのが、舌先を使って強めの音を出すタ行・ダ行、同じく舌先を弾くように使うラ行などです。

なお、舌小帯短縮症のことを舌が短いと言う人がいますが、短いのは舌小帯であって、舌ではありません。

舌小帯が短いかどうかをチェックする方法があります。舌をおもいきりべーと出してみてください。舌小帯が短い場合、舌先がぴんととがらず、ハート型になります。

舌小帯が短いと舌の動く範囲が制限され、クリアな発音にならず、滑舌が悪く聞こえることがある

改善方法は、食事場面など日常生活に支障をきたす場合は舌小帯にメスを入れるなどの手術の対象になります。トレーニングでなんとかしたいという場合は舌のストレッチのメニューを組みます。


滑舌ではなく発音の問題だった! その3「口腔機能発達不全症」

近年増えてきていると個人的にも感じる「口腔機能発達不全症(こうくうきのうはったつふぜんしょう)」も、滑舌の問題と勘違いされやすい症状のひとつ。

この症状の特徴は、「ひとつひとつの音は言えるのに、全体的になぜかふにゃふにゃしたしゃべり方になる」というもの。舌足らずと言われることもあります。当相談室に問い合わせがあるお子さんのうち、発音以外の主訴をお持ちの方も含めた全体の、実に半数を超す割合でこの症状が認められます。親御さんも「なんとなくはっきりしない気もするけど、子どもだからこんなものだと思っていた」と気づかないこともしばしば。

原因は舌や唇の筋力不足です。食生活の変化もあり、昔よりも固い物を食べる習慣が減り、舌や唇や顎などの力が十分に育たないまま大きくなっていることがあげられます。

口腔機能発達不全症の人の口の中では、下のようなことが起こっています。口を閉じている状態のとき、私たちの舌は口の天井にぴたっと貼り付いています。口腔機能発達不全症の場合は右のように、舌が上にあがりきらず、隙間ができている状態です。

口腔機能発達不全症にみられる、誤った舌の位置

例えて言うなら、左の図が日々筋トレをしている人で、右の図が筋トレをさぼっている人。これが何年も続けば……どんな違いが出るのか想像できるでしょうか。

口腔機能発達不全症の人に多い特徴が、普段からお口がぽかんと開いているということ。気を抜くと口が開いてくるという症状に心当たりがあれば、口腔機能発達不全症の可能性が高いです。またサ行やタ行の音を発するときに、舌先が上の歯と下の歯の間からちらちら見えるという特徴もあります。本来舌先が上の歯の根本につく発音であるはずが、舌の筋力が足りないために上に上がれず、代わりに前に出て発音している状態です。これは英語の/th/の発音であって、日本語の正しいサ行やタ行ではありません。

なお、口腔機能発達不全症の場合、筋力不足から舌の動きも不十分である可能性があります。発音だけでなく滑舌という運動面にも影響が出ることもありえますから、滑舌が悪いというのも、この場合はあながち間違いではないです。

改善方法はひたすら舌や唇の筋トレ。方法はいろいろありますが、私がよく利用するのがペコぱんだ。高齢者の嚥下障害(飲み込みの障害)のための訓練器具として開発されたものですが、口腔機能発達不全症対策にもお役立ちで、子ども用も出ています。当相談室で半年ほどおうちでぺこぺこ頑張ってくれたお子さんの舌と発音が見違えるほどよくなりました。

滑舌の悪さは発音の問題かもしれないと疑おう

「滑舌が悪い=発音が悪い」という可能性についてみてきました。滑舌という敵に挑む前に、まずはこれらの症状がないかチェックすることが大切です。状態異常があるままでラスボスに対峙するなんて無謀もいいところ。というわけで今回の魔法は、あなたの発音を見直すポイントの紹介でした。気になる方は一度言語聴覚士を訪ねてみてください。


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