詩 『雨の降る部屋』 (2020)
雨の降る部屋
猥雑なテレビも部屋の明かりも消すと、冷蔵庫の低い唸りと時計の針だけが音を支配する、誰かを傷つけてしまった夕暮れ、嘲笑うように雨は降り出し、傘を持たないぼくの上着に浸水する準備をさせた、数刻前のあの水滴が滲み出して、今さらのように足下には水溜りができている。
長い長いセンテンスを振り返れば、なぜ、も、どうして、もそこにあるのに、知らない振りをするから日々に自分が溶けていく、ぼくにはもう、きみが思い出せない、足下では濡れた靴下が熱だけを奪って、血色を失くして、雨は降り続いていた。落とした目線の先に映る、堅く握りしめた指先は白く、まるでぼくのものではないようだった、浮き立つ白は忘れてしまった横顔のようで、解いてもまだ、帰ってこない、滴る水が手首へ逃げたとき、血管をめぐる血潮をやっと、思い出した。
雨が、降る、雨が降る、雨が降る──時計、秒針、冷蔵庫の唸り、思い出せない横顔。
長い長い夜を抱えて、今日も息をする。だれも傷つけないで生きていくことはできないから、白い横顔だけを、この部屋に刻んだ。きみはぼくを、許さなくていい。
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