6度しかない夏、を考える
2020年4月末、イギリス国営放送がこんなニュースを報道しました。
「ロックダウンは子どもたちの話す力と言語能力に悪影響」
過去1年間のロックダウンが幼児の言語能力に影響を与えていることを示す研究結果が出てきました。
5万人の生徒のデータとイングランド中の学校を対象とした調査によると、ことばの支援を必要とする4歳と5歳の子供の数が増加していることがわかりました。ことばの発達が悪いと、学習に長期的な影響を及ぼすことが(過去の調査で)明らかになっています。
そのため、イギリス政府は、1800万ポンド(27億2000万円くらい)を投じて幼児期のキャッチアップを行い、就学前の子どもたちに特別な支援を行うとのことです。
ほぼ同時期に、アメリカでも、3−4歳児の児童教育への支援含め、子育て・教育に1.8兆ドル(約200兆円) の追加経済対策がとられました。
こちらはコロナ対策というよりは、長年の教育格差についに着手できるようになったバイデン政権ならでは政策で、富裕層への増税で増えた歳入額をそちらへ回すことで教育格差是正を図る、という政策のようですが、こちらも、教育投資は 3−5歳児への投資が一番コストパフォーマンスが高いことがわかっているから、という "科学的知見" に基づいての決定です。
いずれも、特別な支援というのは保育無償化などの金銭援助ではなく、専門家の投入や、発達検査などの "客観的評価" に基づいてひとりひとりの発達にあわせて個別に対応するための教育にその資金は使われます。
ここでいったん、「ことばの発達」について簡単に説明します。
虹の子には小学生とその家族が集っているわけですが、小学生になる前には幼児さん、赤ちゃんの時代がもちろんありました。
耳は胎内にいる時から聞こえていますが、生まれ落ちてからしばらくは弱視のような状態で、音と皮膚感覚を頼りに周囲の人からの働きかけによって「この世はなんだかいいところだなあ」「この人は私の/僕の大切な人」という愛着の感情を育んでいきます。
五感の経験を通して、脳が育ち、ことばも育ち、なんとなーく直感で世界をつかんでいく幼児期を経て、小学校へ入学。そして10歳ともなると大人の脳へと変化を遂げ(成人脳の入口に立つ感じ)、読書などで自分の知らない世界や体験したことがないことについても思いを馳せるような、深い思考ができるようになっていきます。この深い思考が可能となる10歳頃の変化のことを、言語発達業界では「9歳の壁」と言います。
さて、ことばといえば「語彙数」がよく取り沙汰されます。
頭のいい子ってことばをよく知ってる子だよね、というように。その語彙数、具体的にどんな数なんでしょうか。
6歳時点で、約 3000語〜10,000語と言われています。
わが家にあった『三省堂 例解小学国語辞典』の収録語数が35,500語ですから、10,000語を身につけている子は辞書の3割強の語彙を入学時点で知っていることになります。
身につけたことばが一定数を超えると、ことばが「りんご」というひとかたまりの音ではなく、「り」「ん」「ご」とバラバラの音が組み合わさってできていて、「あり」の「り」と「りんご」の「り」は同じものだ!とわかるようになります。しりとり遊びが楽しくなるのはこの頃で、一般的には4歳頃の遊びです(お子さんによって違います。例えば、わが家では上の子は3歳後半でできましたが、下の子が楽しめるようになったのは8歳でした)。
この、「ことばはいろんな音が集まってできている」という感覚のことを「音韻意識」といい、その感覚をつかむのがなかなかに大変なので、言語発達業界では「5歳の坂」と名づけて、注意深く見守っています。この感覚がつかめた先に1音に1文字が対応する「ひらがなの習得」があるからです。
では、この語彙は多けりゃいいのか、というとそうでもないのがやっかいなところ。
身につけた語彙数の違いは何から生まれるのか?というと、生活の中で聞いてきたことばの数の違い、その子が誰かとやりとりした回数 (ことばだけでなく直接のものの受け渡しなども含めて) だ、ということが研究でわかっています。
そして「生活の中で聞いてきたことばの数の違い」には2種類あるのです。ひとつは幼児教室の絵カード遊びなどを通じて座学で身につけたことば。もうひとつは、生活の中で体験を通して身につけたことば。簡単に言えば、「丸暗記したことば」と「理解して身につけたことば」です。
「丸暗記したことば」もある程度は必要なのですが、丸暗記したことばばかりに偏ってしまうと、イメージとしてはこんな感じになります。
服がドロドロになるなるのも気づかないくらい熱中した泥遊び、バレないように隠れていたのに鬼に見つかってしまって残念なあまり大声で叫んでしまった鬼ごっこ。
記憶に大きく関わる海馬は「好き/嫌い」を判断する扁桃体のすぐ近くにあるので、感情が大きく動いた機会に、その時の感情や情景とともにことばがしっかりと身につくのですが、生の体験が少ないとことばのネットワークが脳内で育ちにくく、文字を手がかりに考える力(=文章を理解する力)が伸び悩み、「9歳の壁」を超えるのが大変になります。
そこで、最初の話に戻ります。
いま、日本の、虹の子の、子どもたちがコロナ禍で直面しているのがこの「体験の機会を奪われている」「人とやりとりする機会を奪われている」という問題です。
それは、30年後には社会人となる子どもたちの思考力が、本来なら伸びたはずの力に届かない可能性がある、とも言えます。
先日、指導員がホームページに「6度しかない夏」という記事を上げてくれました。どんな状況下でもできることを模索してくれる指導員のもとで、子どもたちは工夫しながら楽しく過ごしてくれています。
でも、子どもは小さなおとなではないので、子ども時代に経験しないと意味がないものがたくさんあります。
また、積み重ねたことで将来に影響する、”ある感情” があります。
それは「あきらめ」や「失望」です。
「どうせ楽しみにしてもまたなくなるやろ」
「修学旅行?どうせなくなると思ってたよ。あれもこれもなくなったし」
「飲み歩いてる大人いっぱいおるよな。ぼくらは黙って給食食べ、友達としゃべったらあかん!て怒られるのに」
「あきらめ」や「失望」が重なると、自分ががんばってもいいことはおきない、周りに従うしかないのだ、大人は信用できない、という考えがベースになってしまうことがあります。「学習性無力感」という専門用語がついています。専門用語がつくられるほど、相関関係がはっきりしているものです。
そしてこの「学習性無力感」は、子どもたちが本来持っている「学ぶ楽しさ」や「少々辛いことがあってもへこたれない気持ち」を削いでいくものです。
そこで思い出したいのが、子どもを取り巻く大人は、「学習性無力感」が子どもに生まれないように環境を整えてやることのできる力を持っている、ということです。
戦後、東山動物園(名古屋)で守り抜かれた象2頭を子どもたちにみせるために、全国の子どもたちを乗せて名古屋まで走った夜行列車の話をご存知でしょうか?合唱劇「ぞうれっしゃがやってきた!」の元になったお話です。
当時、国鉄は GHQ の管理下におかれており、日本人が希望したところで臨時列車一本走らせる自由もありませんでした。ですが、「ぞうが見たい!」と望む子どもたちの希望を叶えるために、当時の東京・名古屋の鉄道局員が何度も GHQ(傘下の鉄道管理をしていた米国組織) に請願を繰り返し、ようやく認められて団体専用列車が設定された、という背景が、その話にはあります。
ぞうを見せることが「平和な世の中になった」「やりたいことは望めば叶う」と子どもたちに希望を抱かせることにつながると思い、必死で請願したそうです。
いま、ワクチンの接種がある程度進んだ後の社会を見据えて、国民的議論が求められています。
虹の子保護者も、わが子たちにどんな希望をみせることができるか、指導員と一緒に、そろそろ考え始めてもいいのかなと思います。
まずは気の合う保護者仲間と、子どもらしい生活、子どもの幸せな時間ってなんやろうなあ、今何ができるんかなあ?と話すところから始めてみませんか?
そして、その話の先に、ぜひ、 "科学的知見" や ”客観的評価”、”数字” というものを気に留める気持ちを持ってほしいのです。気分で流されず、印象でものを言わず、データを読もうとする気持ち。
「パソコンを配布して大きなことをやり遂げた感」「よさそうな感じ」で、オンライン教育なども進んでいますが、本当に教育効果はあるの?と見極めようとする気持ち。
たぶん、その「気の留め方」が今後、虹の子や子どもたちの向かう未来、を考える時に、重要になってくる気がします。
私たちの学童:
一般社団法人 共同学童保育所 虹の子クラブ
2022年に創設40周年を迎える京都市上京区の学童保育施設。
民設で学区のしばりがないため、新町学区、西陣中央学区、御所南学区、乾隆学区のほか、国立大附属、インターナショナルスクールなどさまざまな学校の小学生が集います。
保護者全員が経営者として運営に関わる「共同学童保育」というスタイル。創設時から6年生までの多年齢保育を実施、経験豊かな指導力ある指導員とともに、親も成長できる場としてみんなで協力して運営しています。
モットーは
「子育てに夢とロマンを」
「里芋は子芋と一緒に親芋も育つんだって。里芋のような親子になろう! 」
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