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「土日の予定?妻とセックスです」【ショートショート】

土日は妻とのセックスを欠かさない。

出会ったのは大学のアカペラサークル。
それまでとても女性的な女の子ばかりに惚れていた俺だが、
サークルで出会った妻を見た瞬間に脳に電撃が走った。

その時の妻はかなりのショートヘアだった。
女性的というよりも中性的な外見だったが、
俺の目玉に自動追尾機能がインストールされたのか、
気付けば当時の妻を常時目で追っていた。

妻は、まあその時はまだ他人だった訳だが、
妻は本当に良く笑う女で、
それまで惚れてきた相手とは全く違ったタイプだった。

それまで惚れた相手を簡単に説明するならば、
本を片手に窓辺で静かにしているような女の子ばかりで、
要するにこの方針転換は自分でも驚くばかり、
しかし人間とは不思議なもので、
一旦ロックオンしたら照準が全く外れなくなったのである。

結論から言うと大学の四年間で三回告白した。
しかしその返事はいずれもノーだった。
三回目の告白の時には、

「あんたも飽きないね」

と妻に言われたんだが、
言わせてもらっていいか?俺はそもそも飽き性じゃあない。

小学校の頃から変わらない性格で、
何かを好きになったらそれをずっとやり続けたもんだ。
(執念深いと何度も言われた事がある。
 もっと良い日本語は無いのか。)
食べる物に関しても同様で、
働きに出ていた母親が四日分のカレーをタッパーに詰めながら、

「ごめんね、カレーばかりで」

と零した言葉に、

「なんで?カレー最高なんだけど」

と真顔で返す程に俺の『好み』は固かった。
この季節になると思い出す、冬場の蜜柑なんて本当に酷い物で、
毎年冬になると俺の指先がびっくりするほど黄色くなるんだが、
まぁ、蜜柑の話よりも妻との話を優先するので割愛致そう。

妻の事を四年間想い続けたが四年間ずっと振られ続けた。
諦めたら?と周りに言われた事もあったが、
その度に「相手に彼氏が出来たらな」と言い続けた。

それで妻が彼氏を作らないんだもんよ。
フリーの良い女がいるのに諦める男が何処に居るんだ。
そんな訳で俺の四年間は総括すると結局、

「妻に振られ続けた」

と、こうなる。

それでどうやって結婚まで漕ぎ着けたんだと思うだろうが、
劇的な切欠は卒業後の飲み会にあった。

大学でのアカペラサークルは本当に結束が強くて、

「大学卒業しても呼び出すから皆ちゃんと覚えとけ」

と言われる程。
それで卒業後に呼び出しに応じて飲み会に行ってみれば、
これが皆ちゃんと集まってるから大したものだ。
勿論、その集まりの中には妻もいた。

「二年の時に実はこいつ、アタシが好きとか言ってさぁ」
「おいやめろよ、なんで今話すんだよ」
「今だからだよぉ、ははは」

飲み会の最中、離れた席からそんな明るい声が聞こえた。
『秘密』を話した声の主は在学中もパリっとした性格の奴で、
過去をバラされた男の方は今の会社の女の子と付き合っている、
もう結婚の段取りまで進んでいるらしいという話まで聞こえてきた。

「おいやめろ、昔の話はもうやめろ。」

笑いながら女を制する男の周りで、
やんややんやと盛り上がりが起こるが、
こっちは気が気じゃなかった。

俺が座っている席の目の前には妻がいた。
当然この時は結婚どころか付き合ってもいない。
それどころか、大学時代に三回も告白して全敗という対戦成績。

「ねーねー聞いてよ、
 こいつも実はアタシに三回も告白してね!」

なんて、
酔った勢いで喋り出そうものならどうしようと冷や汗をかいた。
しかし目の前の妻は、

「あはは、すげー盛り上がってるあそこ」

と笑うだけで俺との過去をひけらかす事はなかった。

サークル時代の女友達の言葉で妻を表現したものが幾つかあるが、
その中で忘れられないものが一つある。それが、

「あの子は要らない『おかわり』を聞いてこない」

というものだった。

酒の席というのはおかわりの場でもある。
酒が入ったグラスはどんどん空になっていき、
次は何を飲もうかと続々おかわりがやってくる。
これは『飲みの文化』と言っても恐らく差し支えは無い。

だが友人達曰く、
妻は要らないおかわりを聞いてこない。

誰かが頼んだ酒が空になる。
それを見たら「次に何か飲む?」と聞く光景を見た事は無いか。
それに対する返答は「じゃあ次は…」か、
「いや、もういい」の二択だ。

妻は「もういい」と相手に言わせた事がないらしい。
友人の言では以下の通りだ。

「アヤの凄さは相手の状態を的確に見抜く所だよね。
 お代わりが欲しい時にはちゃんと聞いてくれるし、
 でももう飲みたくないってなったら絶対聞いてこないの。
 もうアンタ飲みたくないでしょ?ってエスパーなみに察する。
 判るでしょ?四年間一緒にサークルやって来たんだから。」

言葉にして言われてみれば改めてよく判る。
四年間惚れ続けて見続けたから『判る』なんてもんじゃない。
良く笑ってサバサバとした感じの癖に、
ふとした瞬間での周りへの気遣いとフォローが的確。
ずるいもんだ、近距離攻撃が凄くて遠距離対応もソツが無い。
惚れた人間の贔屓目かも知れないけどさ。

飲み屋から出て皆がフラフラと歩き出した夜の町中、
気が付けば妻が隣に立っていた。
店の中ではあんなに近くに張り付いてたもんだから、
外では止しとこうと一人で集団の端に避けていた時だ。

「彼女出来た?」

出し抜けにそう聞いたのは妻。
わざわざ離れたのに何でお前から来るんだよ。
そうやって頭を掻いた俺、少し遠くに楽しさの余韻に浸る皆。
妻が皆には背を向けて、俺だけを見ていた。

「……お前が俺の彼女になってないって事は、まだ出来てねぇ」
「なに、アタシの事まだ好きなの?」
「俺の好きに賞味期限はねぇよ」
「なーにそれ」
「お前の方こそ、彼氏は出来たのかよ。俺はな、
 お前に彼氏でも出来たら諦めようかと思ってたんだ、ずっと。
 でもお前、結局四年間浮いた話の一つも無かった。
 いい加減にしろよ」
「なにがよ」
「社会に出たら良い男の一人や二人いるだろ。
 いい加減付き合え、誰かと。」
「付き合えないから付き合ってないだけ」
「なんだよ、好きな奴でもいたのか?」
「いや、別に」
「じゃーどういう事だよ」
「アンタこそ、アタシの何がそんなに良いの。
 他にも良い女の子いるじゃんいっぱい、サークルにも居たよ?」
「お前以上に良い女なんていなかっただろ」
「はぁ?何言ってんの」

妻が笑いながら言った。もう集団からは取り残されつつある。
取り残されたのか、取り残してくれたのか。

「とにかくアタシは駄目だよ」
「なんでだよ、いつもダメって、それしか言わねぇで、」
「アタシ身体の中に子宮無いの。
 セックス出来ないの。子供産めないの。
 女じゃないのよ、アタシ。
 だから付き合えないってずっと言ってきたの。」

妻が言う。
アタシが生理で体調崩したの見た事ある?ないでしょ?
そう言われても女が生理で具合悪そうなのを、
いちいち覚える趣味は無い。

それから長い夜が道端で始まった。
もうこちらをチラチラ伺っていた集団も見えなくなって、
下にはコンクリート、上には闇夜、行き交う人間はみな他人。
話し合いに外聞を気にする必要も無し。

最初に詫びるが、
俺はこれを読んでくれている諸君らの恋愛に責任を持てない。
俺がこうして、こうやったから上手く行った、
じゃあ俺も、と同じ事をやって失敗しても責任を持てない。
なのでこの夜の問答をほぼ割愛するが、

「別にお前とセックスしたくて付き合いたい訳じゃない。
 お前と言う人間に惚れ込んだ俺を四年間見てきて、
 お前の方はもう飽き飽きしてるかもしれないが、
 俺はまだお前にずっと惚れているんだ」

という旨の事を思いつく限りの情熱的な言葉で送りつけたら、

「判った、じゃあ付き合おう」

と今まで見た事も無い静かな笑顔を浮かべた。
恥ずかしいから詳細は書けないんだな?
そう皆さんが察してくれるのを信じている。

一緒に飲んでいた奴らは皆帰り、
気付けば電車もタイムアップにより運行停止のお時間。
仕方ないからもう一軒飲みに行こうか。
そうして二人きりで飲み屋に入るのもその時が初めてだった。

「中学の時に生理が全く始まらなくて、
 高校一年の時にやっと病院に行ってみたの。」

入った飲み屋の居場所代で頼んだ酒二つ、
何を頼んだのかも思い出せない程に口も付けず、
その夜はただ妻の話を聞き続けた。

「それで子宮が無いって判ってお母さんが凄く落ち込んだ。
 私よりも落ち込むから私自身は直ぐに立ち直れてね。
 お母さんが何度も私に言うの、
 ちゃんと産んであげられなくてごめんねって。
 それを聞くのが辛くて、
 生理がこないから寧ろ便利な身体だよって、
 ポジティブに笑う事にした。
 そしたらお母さんもね、そうだねって立ち直ってくれて。
 でもお母さんに、
 「ちゃんと産んであげられなくて」と言われたのはショックだった。
 そうなのか、私はちゃんとした女の身体じゃないんだって。
 でも無い物はしょうがないからさ。
 お母さんを悲しませるから明るく生きようと思ったけど、
 それでも男と付き合うのは怖い事だと悟ったのよ。
 男って女の身体に触れたいもんじゃない?」
「かなり乱暴な理論だけど否定も出来ない」
「付き合った相手とキスして、
 胸も触られて、パンツも脱がされて、そこまでは良いのよ。
 でも私、入れる場所が開かないの。」

二人の前のグラスの中で、
アルコールと水に撫でられる氷が溶けていく。

「そしたら男も、えっ、何で?って思うでしょ。
 耐えられない。耐えられる筈が無いわ。
 実は子宮が無いの、セックス出来ないのってカミングアウトして、
 じゃあもう別れようって言われるのが、考えるだけで」
「いや、セックス出来ないから別れるとか、そんな男いる?」
「私の高校の頃の友達、クリスチャンで、
 結婚するまでセックスしないって女の子だったけど、
 セックスが原因で相手の男と判れたの。」

確かに世の男全員がそんな奴じゃないとは思うけど、
私が付き合う相手がそんな奴じゃないって保証も逆にないでしょ?
じゃあ付き合わなければそんな目に遭う事も無い。
だから男と付き合って来なかった。

入り直した二つ目の飲み屋で、
妻の口から出てくる言葉の一つ一つが初めてのものだった。
いつも明るく笑い、飄々として、それが大学時代の妻だった。
この妻の顔を見た事があるサークル仲間は何人いるのだろうか。

「それから考えるのが嫌で走ったわ」
「走った?」
「そう、走ったの。
 運動は良いわよ、体にも良いし、何も考えないの。」
「部活とかにも入って?
 それこそ大学じゃうちのアカペラサークルだけだったろ?」
「部活とかには入った事ないの」
「えっ、そうなの?」
「私にとって走る事は子宮で出来る筈だった事の代わりなの。
 要するにセックスなの。でも乱交は好きじゃないわ。」
「えぇ?」
「皆で集まってセックスはしたくないって事よ。」

俺は本当に何も知らなかった。
妻が一人で走っている事も、
それをセックスとして捉えている事も。
部活やサークルに入って皆で走ればそれは即ち乱交。
妻は一人でずっとセックスをしていた。

「判った、俺とセックスしよう」
「は?」
「ごめん、調子に乗った。俺も一緒に走らせてくれ。」

何言ってんのこの人。
言葉にこそ出さなかったが、妻の顔がそんな事を言っていて、
口さえ開けば今にもその言葉が音になって漏れそうだ。

「正直に言うよ、俺、お前とセックスしたい。
 お前にとって走る事がセックスだって言うなら、
 一緒にお前と走りたい。
 俺と一緒に走ってくれないか。」
「……運動できたっけ?」
「鍛えるから!」
「……アタシ相当早いと思うよ?」
「絶対ついていく!内臓吐きそうになっても!」

夜中の一時を回っていた筈だが、
セックスセックスと女性の前で連呼する俺を見て、
周囲の客達がくすくすと笑っていた。
きっとホテルに連れ込む為に口説いてると思われたのだろう。
でも実際は一緒に走るために口説いていた。
ホテルもコンドームも必要ない。
必要なのは道と靴だけ。
それを言ったとしたら、あの時の客達はどんな顔をするだろう。

「大学時代から変な男とは思ってたけど、本当アンタ…。
 判ったわ、じゃあ次の土曜日に走りましょう?」
「セックスだろ!」
「あーそーね、セックスセックス。」

そうして俺と妻が付き合う事になったのは日曜日だった。
翌日の月曜日は憂鬱なんて感じない、何せ彼女が出来た上に、
次の土曜にはセックスするんだ。

小学校の時に好きになったカヨちゃんは六年間好きだった。
中学の時に茜ちゃん乗り換えたがそれも三年惚れ続け、
高校の時の斎藤さんにも三年間の恋心を献上した俺の青春。
そして大学の四年間の惚れた相手は妻だ。
お陰様で俺は童貞だった。

童貞に、

「次の土曜日セックスしよう」

なんて言おうものならムラムラしてしょうがない、
例えそれが走るという行為のみであっても、
相手がそれをセックスというのならそれはセックスなのだ。

何せこちとら童貞よ、
世の中のセックスがどういう物かは画像や映像でしか知りゃしない。
そのセックスの初めての相手がランニングジャージを着こみ、

「さぁ、セックスするぞ!」

と走り出せばもうそれはセックスなのだ。

月曜日は走り抜け、
火曜、水曜、木曜金曜なんてあったのか?
気付けば金曜の帰りの電車の中、
これで寝て起きればいよいよ大学四年間振られ続けた相手とセックス!
とギンギンな気持ちで寝床に就いた。

「じゃあ、行こうか?」

土曜日の朝に降りた事も無い駅で降り、
見た事もないランニング姿の妻が俺を待っていた。

「誰かとセックスするの初めてよ」
「おま、こんな所でそんな事あっぴろげに」
「ゴム使わないから生だね」
「ちょ」
「あはは!」

そう言って笑う妻と駅の前から走り始めた。
俺の初めてのセックスだ。

その前の週は夜にネットを読みふけったもんだ。
効率の良いランニングの方法は何か、
素人がしてしまいがちな事は何か、
呼吸法に腕の振り方、何から何までグーグル先生に教えを乞う。
まるで初体験を前にした乙女が、
密かにネットでHの仕方を検索するみたいだった。

妻を失望させたくなかった。

確かに妻の事が好きで、
妻の裸を何度も想像していかがわしい事もした。
もう今更恥じる事でもない、男とはそういう生き物だ。

だが妻が子宮が無いと言った。
男と付き合うのが怖いと言った。
子宮が無い事で交際を破棄される事が、
まるで女である事を否定される事が怖いと言ったのだ。
あの豪快で快活な妻が。

五年も惚れ続けて、
セックスが出来ない位でアイツの表情曇らせてたまるかよ。

正味、世間で走る事はセックスじゃないと言われるだろう。
けれど妻がそれをセックスと言うのなら、それはセックスだ。
惚れた女がそう言ってんだ、
好いた女がそう言ってんだ、
ならそうなんだよ。
惚れてる俺にとっても、それはセックスに違いないんだよ。

キスする時にはキスしていい?って聞くもんだろ。
だから走る前に一緒に走っていい?って聞いたし、
走る前には調べるべき事を思いつく限り調べた。
だって、これはセックスなんだ。

「ちょっと、休もう。」

妻が俺にそう言ったのは走り始めて、
まぁそこそこの時間が経った後だ。
俺は汗たらたらの顔を横に向けて、

「まだ走れる」

と言ったが、

「だめ、一旦休憩。
 痛がる相手にチンポを捻じ込むような事はしたくない。」

というとんでもない破廉恥な例えに爆笑させられ、
タダでさえ荒い呼吸が更に乱れて止まらざるをえなかった。
だって俺は男で妻は女だ。俺は今でも自信があるぜ、
女からそんな言葉を言われた男は世界広しと言えど俺だけだってな。

ぐてんぐてんの身体を引きずりながら、
近くのコンビニの前でアクエリアスのキャップを外した。
喉を通るアクエリの美味さにびっくりする。
思わず何度も口に含んだあと、
細い声で俺は妻にこう尋ねた。

「ごめん、かなり速度落としてもらってるよね?」

汗のかき方が違った。
終始妻は涼しい顔をしていた。

「そうでもないよ」
「いやー、足引っ張っちゃってるなぁ」
「そんな事無い。だってセックスでしょ。
 二人一緒じゃなきゃ意味ないじゃない。
 置いてきぼりにするような自分勝手なオナニーは絶対しない、
 だって一緒にセックスしてくれるんでしょ。」
「……そうだね、セックスだよ、ありがと」

ランニングではない。
セックスだ。

オナニーではない、
セックスだ。

セックスとは二人の人間が行うものとして設計されている。
どんなセックスでも片方の独りよがりで成り立つものではない。
常にお互いがお互いの事を気遣い察して行うもの。
セックスは人間が二人いないと行えない、
セックスとは高等な共同作業である。

俺と妻はセックスをしている。
初めてのセックスでいきなり上手くいくなんて話もなかなか聞かない。
セックスは焦ってはいけない、相手を責めてはいけない、
時間をかけてお互いを馴染ませる忍耐力が欠かせない。

「よし、戻った、走れる。」
「セックスでしょ?」
「そうそう、セックス、セックス続けよう」

その日、かなり早い段階で走る事は切り上げた。
その分長い時間を妻と一緒に歩いた。

「明日も一緒にセックスしたいから」

まだセックスできると言った俺に妻がそう言った。
判った、明日もセックスする為に、今日はここまで。

次の日も、
次の週も、
翌月も、
土日は欠かさず妻とセックスした。
そして妻は俺と結婚してもいいと言ってくれた。
切り出した俺も相当勇気がいったが、
承諾してくれた妻も相当勇気を振り絞った事だろう。

俺の両親に妻の事を一から十まで説明したが、

「あんたに嫁に来てくれるだけで、そんなのもう十分よ!」

と俺の尻を叩いてくれて、
寧ろ嫁の両親の方が挨拶に行った時に凄く泣かれて大変だった。
こんな娘ですが宜しくお願いしますと頭を下げるお義母さんに、
いえ、娘さんを産んでくれて本当に感謝していますと頭を下げ返した。

妻が、妻になってくれてもう四年になる。
土日のセックスは欠かした事が無い。
かつては妻にパワーセーブさせてた俺だったが、
今では妻の速度に合わせて緩やかに足を動かす日もある位だ。

よし、セックスしに行こう!
そう言って家を出る。
妻が言う時もあるし俺が言い出す時もあるが、
絶対に二人とも「セックスしに行こう」と誘い合う。

夏場は汗でぐっしょりなった身体で二人、シャワーに駆け込み、
冬場はタイマーを駆けた風呂に二人で飛び込む。
最近は妻の裸を見て勃起した事は無い。
させてはならないと思っている。

最初の頃は息を止めたりなどして落ち着かせていたが、
今ではもうすっかり萎えているのが平常運転である。

しかしこれでいいのだ、
なにせセックスの後なのだから、萎えていて当然だ。

今日も朝に妻とセックスして湯を張った風呂に二人でドボン。
やっぱり冬場の風呂は最高だねと言い合いながら、
背中を流して風呂からあがると、
ふと、妻が俺の着替えのパンツを握りしめた。

「なにしてんの?」

頭をバスタオルで拭きながら俺がそう妻に尋ねた。
妻が言う。

「今日も最高のセックスだった。」
「おお、俺もだよ、ありがとう。良いセックスだった。」
「ねぇ」
「ん?ちょっと、俺のパンツ持ってどうすんの?履くの?」
「このまま、ベッド行こう……」
「え?」
「今日なら、今なら、
 何か出来そうな気がする……」

俺も妻も、パンツを履いてない。
そんな状態でベッドに行った事も無い。
俺も求めなかったし、妻も求めなかった。

セックスとは。
セックスとは判り合う事である。
判り合う事であり、想い合う事でもある。
そして相手の意向を汲み、
可能ならばその意志を尊重して共に行う事でもある。

俺は妻のあの日の言葉を忘れない。
「私、女じゃないの」と寂しさと無念が入り混じった様な、
あの言葉を。

俺から見れば妻は女だ、とんでもなく良い女だ。
妻より良い女を俺はこの世で知らない。
だが妻は自分を女ではないと思ってる。
妻は自分が女になり切れてないと思っているし、
その領域に踏み込む事をとても恐れている。

もう何年も妻の事を見てきた、良く判っている。

俺は性器を使ったセックスをした事が無い。
妻も同じだ。
だが俺達はセックスをこれでもかとしてきた。
土日にゴルフに誘われても、

「すいません、妻とセックスするんで」

と断っている程だ。

だが俺の愛する妻が、
これまで怖くて挑んで来なかった『触れ合う』セックスを、
あんな思い詰めた顔で「何か出来そうな気がする」と言うのなら、
俺は夫として最大限努力する。努力したい。

「ベッドで軽い運動、してみようか」

そう言って妻の手を引いた。
風呂上がりだと言うのに、指の先が少し冷めている。

セックスとは言わない。
軽い運動という。

しかしいつかその事もセックスと呼べる日が来るなら、
俺達夫婦は二種類もセックスの方法を持つ事になる。
セックスしよう!ちが、そっちじゃないよ!
と笑う日もいつかきっと来る。

風呂場から水が勢いよく抜かれて落ちていく音が聞こえる。

今日はもう一度、
湯船に湯を張る機会があるかもしれない。

【後書き】

以前レビューしたAV男優の本に書いてあったのですが、
男は射精するか否かでセックスと認め、
女は挿入を受け入れるか否かでセックスと認める、
という旨の話が書いてあったんですね。

そんならもう、当人同士がセックスと認めるなら良いじゃん。
性器の挿入があろうがなかろうが、
射精しようがしまいが、当人達がセックスと言うなら、

それはもうセックスなんですよ。

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