【0002】えむしたのこと「常盤色のはじまり」
なにかがおかしいと気がつきはじめたのは、じぶんの体温よりも高い温度の湯船につかるのがひどく億劫に感じられるようになった頃だった。
暇さえあれば湯をためて、陽が高くのぼっているうちから浴室にこもるのが常だった。天井近くの小窓を開けておくと、たまに豆粒みたいな飛行機が視界の端を横切っていった。指先がふやけても、いつまでもぬるま湯につかっているものだから、しょっちゅう風邪をひいて、えむちに呆れられていた。
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ルームシェアをしながら、歌い手活動をしている「明日」と「えむち」。明日の部屋の一輪挿しが枯れ、花瓶の水が澱みはじめた頃、えむちはようやく今回の失踪が普段の気まぐれとはどこか違うのではないかと察する。不安は的中しており、明日の体には常盤色化と呼ばれる異変が生じはじめていた。植物の蔦を模したようなしみが皮膚に広がり、やがて全身を覆ってしまう奇病。一方、えむちはある事件をきっかけに人前で歌うことができなくなっていた。移り変わってゆく、彼女たちの季節を追う物語。
小説「えむしたのこと」
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