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【伊勢物語】122 振られる業平/井手の玉水/序詞練習

1,本文と現代語訳

 昔、男ちぎれることあやまれる人に、
   山城の井手の玉水手にむすびたのみしかひもなき世なりけり
といひやれど、いらへもせず。

 また、モテない業平。なんか「いつもの」感が出てきました。おかしいな、伝説のイケメンのはずが・・・。

 昔のこと。ある男が、結婚の約束をしたのに、違えた女に
   山城の水に誓った約束にすがった甲斐も無い僕らだね
と言って送ったけれど、女は返事もしない。

2,コブンノセカイ ~山城の井手の玉水の世界~

 「山城の井手」は歌枕です。
 「玉水」の「玉」は清らかさを強調する美称です。多田一臣編『万葉語誌』(筑摩選書 2014)で少し深く突っ込みます。

 タマを美称の接頭辞として用いることも多い。「玉櫛笥」「玉襷」「玉藻」「玉裳」などの例があるが、いずれも単なる美称にとどまらず、そこに宿る霊力・霊威がどこかに意識されている。「玉櫛笥」は、美しく立派な櫛箱の意だが、「櫛」は「奇し」に通じて、もともとは巫女が髪に挿す、神霊の依り代でもあった。そこから転じて、櫛には持ち主の霊が宿ると信じられた。そこで、その櫛を収める櫛箱も大切に扱われ、「玉櫛笥」と呼ばれることになった。「玉襷」以下の例もすべて同様に理解することができる。

 単に清らかなだけではなく、霊力を帯びた水が「玉水」なんですね。「井手の玉水」にかけて約束をするということは、神霊に誓うに等しい約束だったのでしょう。

 続いて「水」は川のことを言います。ただしここは一般名詞ではなく、歌枕の「井手の玉川」のことを指しています。
 それぞれの詳細を片桐洋一『歌枕歌ことば辞典増補版』(笠間書院 1999年)にたずねましょう。

井手ゐで
奈良と京都をつなぐコースに属し、早くからひらけていたが、『万葉集』の成立と関係が深いとされる左大臣橘諸兄がここに別荘を設け風流を楽しんだので特に有名になった。木津川にそそぐ玉川の水が、その名のごとく美しく、旅人ののどをうるおしたせいで、「山城の井手の玉水手にくみてたのみしかひもなき世なりけり」(伊勢物語、古今六帖)のように手ですくって飲む、つまり「手飲み」の意と「頼む」の意を掛けた表現もできあがっていた。また「山吹」と「かはづ(蛙のこと。あるいは河鹿のことともいう)」の名所としても知られ、(以下略)

「井手の玉川」
 山城国、今の京都府綴喜郡井手町。相楽郡和束の山中から発してこの井手を通り木津川にそそぐ川が玉川である。「かはづなく井出の山吹散りにけり花のさかりにあはましものを」(古今集・春下・読人不知)の影響が強く、「駒とめてなほ水かはむ山吹の花の露そふ井手の玉川」(新古今集・春下・俊成)のほか、「井手」の語がなくても「玉川の岸の山吹影見えて色なる浪に蛙鳴くなり」(後鳥羽院集)など「山吹」や「蛙」がよまれていれば、この「井手の玉川」である。また『大和物語』一六一段に見える三輪大社へ使いに行った男がこの地で見たかわいい幼女に思いを寄せ、大きくなったら迎えに来ると言って帯を取り替えたという話によった「とりかへし井手の下帯ゆきめぐりあふせうれしき玉川の水」(長秋詠藻)の「玉川」もこの「井手の玉川」である。

 というわけで、井手の玉川(玉水)と言えば【清らかさ、喉を潤す、山吹、蛙】のイメージが強かったことが分かります。なかなかキャラの立っている「玉川」だったようです。
 ちなみに「井手」ではない玉川に近江国の「野路の玉川」、陸前国の「野田の玉川」、摂津国の「三島の玉川」、武蔵国の「多摩川」、高野山の「高野の玉川」があるそうです(『歌枕歌ことば辞典増補版』による)。


3,序詞を用いた和歌を詠んでみよう。

 和歌の修辞技法は読解の壁となります。中でも序詞は、一首の文脈を追いにくくさせるため、読解の際にはなかなか手強い相手になるのではないでしょうか。
 
 序詞については渡部泰明氏の二つの動画を紹介しておきます。どちらも導入部分だけしか視聴できません。「その先が聞きたい!」というところで切ってくるあたりが上手なんですけど、多少は参考になるかもしれません。

 ともあれ今回は、序詞のある歌を作ってみる経験をしてみましょう。とはいえ一から自分で作るのは大変です。伊勢物語の歌の序詞を利用して、別の歌にしてみます。
 今段の歌はどこまでが序詞になるかについても見解が分かれているのですが、『評解』の読みに従って「むすび」までが「たのみ」を導き出す序詞と考えます。この導き出される言葉までを借り、その後を自分で考えてみましょう。

山城の井手の玉水手にむすびたのみし(            )

 「たのみし」に続く3字で四句とし、最後の五句を加えて一首とします。

作例
山城の井手の玉水手にむすびたのみし人は雲居にぞ行く

 「雲居」は宮中のこと。恋人が入内してしまったパターンとして詠んでみました。

②山城の井手の玉水手にむすびたのみし夢は盗まれぬるかな

 『宇治拾遺物語』で吉備真備に夢を盗まれた男の立場で詠んでみました。



 大勢で作ってみれば、序詞の感覚も分かってくるかもしれません。

 今回は以上です。お読み下さりありがとうございました。

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