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無職73日目〜育児も仕事も。二兎追って二兎を得る〜

心太朗は、父親になる不安と喜びの狭間で揺れている。家族との時間を大切にしたい一方、経済的な不安が重くのしかかる中、彼は新たな道を模索し始める。育児と仕事の両立を目指し、家族の幸せを守るための決意が固まっていく。

無職73日目(11月12日)

心太朗は窓の外を見つめ、深いため息をついた。家の中には静寂が漂い、ただ時計の針が小さな音を立てているだけだ。そろそろ息子の健一が産まれてくる頃だと思うと、胸の奥が高鳴る一方で、冷や汗も出てくる。父親としての喜びと、不安がごちゃ混ぜになったカクテルを一気に飲まされたような気分だ。

「…本当に俺、父親としてやっていけるのか?」と心太朗は自分に問いかけた。

まず問題は収入だ。今のところ蓄えはあるし、家賃やローンもないから支出は少ない。けれども、無職という現実が重たくのしかかる。今は「精神的療養と産休」なんてもっともらしい理由を掲げて無職をエンジョイしているが、果たしてそれでいいのだろうか。

かつて心太朗は、毎日長時間働き、上司と部下の板挟みになり、人手不足とクレームに追われる日々を送っていた。休みの日でさえ電話が鳴り、「出勤お願いできますか?」と言われる始末。その度に心の中で叫びたくなるのをぐっと堪え、仕事に出かける自分がいた。家族や自分のために使う時間なんてほとんどなかった。「そんな生活で子供が産まれたら、絶対にイライラしてばかりで、まともに育児なんてできない…」と、当時の心太朗は悟った。

「これでいいのか?」と思った瞬間が何度もあった。そして決断したのだ。家族との大切な時間を守るため、そして可愛い子供と向き合うために、仕事を辞めた。しかし、今となってはまた別の悩みが…。世の中は結局お金か、と苦笑しながらも、心太朗は「でも、お金以上に大事なものもあるはずだ!」と無理やり前向きに考えようとする。

澄麗のお腹が大きくなり、健一の動きがますます激しくなってきた。健一の元気なキックに「おいおい、出る前から主張が激しいな」と思いながらも、心太朗の胸には「家族を幸せにしたい」という思いが少しずつ膨らんできた。もはや自分の欲しいものなんてどうでもいい。むしろ、今は家族にお金を使いたい。電化製品やオシャレなファッションも昔は好きだったが、今は全く興味がわかない。ただ、ただ家族と一緒に過ごしたい。それだけだ。

「健一が初めて寝返りをする時も、ハイハイを始める時も、絶対に見逃したくない!運動会にも参観にも行って、息子の成長をこの目で全部見たい!」と心太朗は妄想がどんどん広がっていく。しかし、そのためにはやっぱりお金が必要だ。教育にも、健一が興味を持ったことには惜しみなく投資したいし、行きたい場所にはどこへでも連れて行ってあげたい。「ディズニーでも、USJでも、海外でも…父ちゃん、いろいろ連れて行くからな!」と気合だけは人一倍入っている。

そして、ふと新婚旅行のことを思い出す。澄麗と結婚式は挙げたが、新婚旅行には行けなかった。仕事のせいで、澄麗の夢だった新婚旅行を叶えてあげられなかった。正直、心太朗自身は新婚旅行にさほど興味はなかったが、今になって彼女の夢を叶えられなかったことがずっと引っかかっている。「いつか健一が産まれて少し落ち着いたら、澄麗の夢の新婚旅行、改めて行ってあげたいな…」と思う。

そんなことを思っていると、澄麗の「ねえ、心太朗、大丈夫?」という声がかかる。どうやらいつの間にか心ここにあらずな顔をしていたらしい。

「本当は、世の父親ってみんな似たようなものなんじゃないか?」心の中でつぶやく。家族との時間を大切にしたいという気持ちがあっても、生活のために、それを我慢しているのが現実。育休を取ることに対する社会的な壁や、経済的な不安がどれだけ大きなものか、身をもって感じている。

育休制度が徐々に整ってきているとはいえ、現実は厳しい。心太朗も知っている。育休を取れば、たとえ短期間でもその穴を埋めるために仕事をこなす人が現れる。その後、昇給やキャリアの進展にどれほどの影響が出るか。それは計り知れない。だからこそ、育休を取れない父親たちが多いのも理解できる。

「まあ、要するに、金がないとどうにもならんってわけだ。」心太朗は自嘲気味に笑う。だが、このままでいいのか?何かが変わらなければ、結局、家族との時間はますます遠のいていく。何より、自分が幸せを感じる時間が、日々の忙しさに飲み込まれていくのは嫌だった。

もし、自分が家で働きながら、家族と過ごせたなら――。心太朗はその思いに身を焦がし始める。仕事のために家族を犠牲にするのではなく、家族との時間を守りながら、生活も支える方法があるはずだと。

「絶対に、家族との時間を死守するぞ。」その決意が心太朗の中で強くなり、体中にエネルギーがみなぎっていくのを感じる。

これまでの自分を振り返ると、仕事における野心や出世欲、組織での立ち位置を気にしていた自分がいた。それが悪いわけではなかった。がむしゃらに働き、結果を出してきたことも確かだ。しかし、幸せではなかった。その重荷に押しつぶされ、心は疲弊していた。

でも、今は違う。今は、ただただ家族との時間がほしい。そして、澄麗と健一が幸せでいるために、全力を尽くす。それが自分にとっての幸福であり、そのために働き、結果を出すのだ。

「前の仕事に戻っても、育児の時間なんて絶対に作れなかっただろう。」心太朗は、もうあの忙しい日々には戻りたくないと強く思う。自分ができる仕事を、時間を大切にしながらしていければ、それこそが本当の意味での成功ではないだろうか。

社会的な圧力、現実的な厳しさはある。しかし、心太朗は今、その全てを乗り越えようとしている。自分の手で、この理想的な生活を掴み取るために。

「父親たちだって、子供と過ごしたい、母親だってもっと家族との時間を作りたいはずだ。」心太朗は確信している。どんなに忙しくても、みんな本当は家族との時間を求めている。子供だって、父親ともっと遊びたいに違いない。

小さいころ、父親と母親と一緒に手をつないで歩いた道のりを思い出す。その温かさ、安心感、幸せな瞬間。それを健一にも、澄麗にもたくさん味わわせてあげたい。何度もその思いを胸に抱いて、心太朗は今、家族との時間を守るために走り出す。

「1人で頑張ってらっしゃる人もいて、そんな人が育児と仕事を両立させるのは難しい。でも、もしも自宅でお金を稼げる環境があれば、すべてがもっと簡単になるんじゃないか。」心太朗は自分に言い聞かせるように思う。ならば、その生活を手に入れようと心に誓う。

そして、もしそれが実現できたなら、同じように苦しんでいる人たちにその方法を伝え、時代を少しだけ変えていけるのではないか。自分の手で、家族の幸せを守るための道を切り拓き、その道を多くの人と分かち合いたい――。

「よし、やるぞ。」心太朗はついに、心の中で声を上げる。その声は頼りないが、いつか確かなものとなり、未来へと進む力となると願って。

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