無職69日目〜助産師の一喝〜
**無職69日目(11月8日)**
心太朗は今日、妊婦健診のため病院に行く予定だった。順調にいけば、あと2回通院したら、ついに待望の息子とご対面だ。しかし、朝の6時に起きるのはちょっとハードルが高い。まあ、でも、妻のため、子供のため、そして自分のために、必死に目をこじ開ける。
「おいおい、6時って、俺にとってはまだ真夜中だろ…」と心の中でツッコミを入れながら、布団を引き剥がし、なんとか起き上がる。まだ体が寝ぼけてる感じだが、ここで寝過ごすわけにはいかない。
先週までは寝られない日が続いていて、ほぼ寝ないまま病院に行くこともあったが、今回はなんとか1時半には寝付けた。5時間半の睡眠、心太朗にしては上出来だ。もっと寝たい気持ちは山々だが、まあ許容範囲だ。
2時間かけて病院へ向かう道中、まだ空は眠たそうな薄明るさで、外はひんやり冷たい。心太朗は車の中で震えている。ところが、澄麗はというと、またしても半袖だ。心太朗は思わず「意味わかんねぇ!」と心の中で叫ぶ。寒いのは心太朗だけなのか?
車を走らせるうちに、心太朗の目も覚めてきて、空の方も少しずつ明るくなってきた。病院に着くころには、心太朗もお天気もすっかり晴れやかになっていた。
病院に到着して、澄麗はいつものように検尿と血液検査、そして診察を受ける。心太朗は待っている間、立ちっぱなしでXを確認しては、フォロワーさんとやり取りをし、日記小説を考えていた。少しでも時間を有効活用しないと、心太朗の性格的にモヤモヤしてしまうからだ。
やっと澄麗が戻ってきた。嬉しそうな顔で、赤ちゃんが順調に成長していると報告してくれた。「2750gって…先週と変わらないじゃん」と心太朗が心の中でボソッと言う。まあ、誤差の範囲だから気にしなくていいらしい。でも、エコー写真の赤ちゃんの顔は相変わらず隠されていた。「いつまで隠しておくんだよ、顔くらい見せてくれよ」と心太朗は思わず愚痴を言う。
その後、助産師とのお話が始まった。澄麗が質問される内容はだいたい予想がつくが、今回も心太朗も参加することになった。50代くらいの助産師で、第一印象からしてなんとなく苦手なタイプだなと思っていた。
「やっぱりな…」と心太朗がつぶやく暇もなく、その助産師はスパルタ気味に話し始めた。「澄麗さん、半袖はダメ!お腹の赤ちゃんが寒いのよ!靴下も履いて!」と厳しい口調で言われ、澄麗はちょっとびっくりしている様子。「腹巻きもしなさい!」と、まるで軍隊の指導員のようだ。
さらに、運動についても注文が入る。「毎日買い物に1時間くらいお出かけしてるって言ってたわよね?」と聞かれ、澄麗は「はい」と答える。「それじゃ少ないわ!毎日30分から1時間の四つん這い姿勢を取りなさい!スクワット100回しなさい!」と、さらに厳しい指示が。
心太朗はその光景を黙って見ていたが、案の定、助産師は「あなたも協力しなさい!」と目を光らせた。心太朗は、久しぶりに職場での客からのクレームを思い出しながら、これが夫婦の“仕事”だと心の中で呟いた。
「もういつ産まれてもおかしくないのよ!」と、助産師からの最後の一撃。「もっと自覚しなさい!」という言葉に、心太朗は少しだけ焦りを感じた。
その後、帰りの車の中で、心太朗と澄麗は次の計画を立てた。「確かにもうすぐだね」と心太朗が言うと、澄麗も頷いた。「家で30分は四つん這い姿勢を取らなきゃね」と、澄麗は冷静に言う。もちろん、心太朗もその計画に加わることになる。
さらに、スクワットは最初は50回からやるという話になった。心太朗は「これはちょっと無理だろ…」と心の中で笑ったが、すでに助産師の厳しい顔が浮かんでいて、逃げるわけにはいかない。
そして、なぜか「明日は簡単な山登りをしよう」とまで言われ、心太朗は「本気か?」と疑問を抱きながらも、「もちろんコタちゃんも」と言われ、渋々その計画を受け入れた。
最後に、産まれるまで心太朗は禁酒すると決意する。「いつ陣痛が始まっても車を運転できるようにしないとね」と澄麗の言葉に、心太朗は「じゃあ、今日から酒を抜くか…」と呟いた。
帰り道、イオンモールに立ち寄った。澄麗が映画を観たいと言うので、上映までの2時間をどう過ごそうか考えた。結局、運動がてらぶらぶらとモール内を歩くことにした。
最初は無意識にただ歩いていたが、だんだんと目線が変わってきた。子供用のおもちゃや食器、服が並ぶ棚に目が行く。以前はそんなものに全く興味がなかったのに、今は何だか心が引き寄せられる。特に澄麗が、授乳室やオムツ替えスペースの位置を気にする様子を見て、心太朗も自然とその視線を追ってしまった。子供用カートが並んでいるのを見て、なんだか未来を感じる。まだ実感が湧かないけれど、確実に自分たちの生活が変わりつつあるのを感じた。
映画が始まる時間になり、いよいよ『十一人の賊軍』を観ることに。映画の内容に関しては、戊辰戦争の真っ只中で新発田藩の砦を守るために、罪人たちが命を懸けて戦うという壮絶な話。白石和彌監督の演出も、山田孝之や仲野太賀の演技も圧巻で、心太朗も澄麗も見入ってしまった。
特に爆発音が激しくて、心太朗はふとお腹の中の健一が驚いているのではないかと心配になる。映画の迫力に圧倒されながら、澄麗のお腹に手を当てて静かに見守る。しかし、そのお腹の中でグルグルと動く感じに、「ごめんよ、健一」と心の中で謝る。映画の音にびっくりさせてしまったのかもしれない。
最近、何をしていても健一のことを考えてしまう。まだまだ親としての実感は少ないけれど、一歩一歩着実に親になっていくんだと実感しながら、その瞬間瞬間を大切に感じている。