
プーチンの論文、素人が添削してみた。そして、深追いしてみた。無免許解剖#1
「なんならプーチンの頭の中を無免許解剖してみたい。」
ロシアのウクライナ侵攻が始まる半年前の2021年7月に、ロシアのプーチン大統領の名のもとで論文«Об историческом единстве русских и украинцев»が出されました。日本語では、「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」と訳されるものです。
この論文は、ロシアによるウクライナ侵攻を正当化するプーチン論理の重要な一角を担います。現在の世界で起こっていることを上から眺めるだけでは、そんなもの上っ面を撫でているに過ぎません。もっと近づきたい、なんならプーチンの頭の中を覗いてみたい。そう思っている人は是非とも読み進めてみてください。
あらゆる参考文献を横断しながら、プーチン論文「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」を素人が解剖していきます。そうです、無免許解剖です。そんな自分が偉そうに、添削して、文句を言いながら、「プーチンの論理」を浮かび上がらせ、「ゼレンスキーの論理」を対比させ、地域としてのウクライナの歴史的複雑性を示す試みです。
強く主張しておきますし、とてつもなく当たり前なことですが、あくまで「ロシアの論理」「プーチンの頭の中」を理解するための営みであり、これが真実などと言うつもりは毛頭ありません。
なんなら、個人的には、このプーチンの論文は、現状のプーチンの軍事的政策への正当化の根拠として、「歴史」を悪用しているように感じています。都合の良いところだけを繋ぎ、大きなストーリーを被せていると思っています。
今、最も大切なことは、プーチン大統領の論理を解釈し、誤謬を指摘し、なぜあのような蛮行に臨んだのかを明らかにする努力をすることだと感じるため、一市民=納税者の私が素人解剖実習を行うのです。
ウクライナについての基礎データ
「ウクライナ」という名称の由来についてですが、krajという「端」や「境界」を意味する単語と関係があります。ただ、ここに二つの説があり、一つ目は、ロシアやポーランドから見て「辺境」の地であったという説、二つ目が「境界の内側」の地≒「国」とする説です。
前者の説はロシアから見た端としてのウクライナ、後者の説はウクライナの中から見たウクライナですね。
ここで見られる「端」と「なか」の対立を、『中学生から知りたいウクライナのこと』で小山哲さんも指摘しています。

・60万3,700平方キロメートル(日本の約1.6倍)
・4,159万人(クリミアを除く)(2021年:ウクライナ国家統計局)
・ウクライナ人(77.8%)、ロシア人(17.3%)、ベラルーシ人(0.6%)、モルドバ人、クリミア・タタール人、ユダヤ人等(2001年国勢調査)
まず、面積ですが。ロシアの面積は約1,709万平方キロメートル(日本の約45倍、米国の2倍近く)であることを考えると、日本より大きいとはいえ、相対的には小国です。だって約28倍ですよ。この面積には、クリミア半島は含められています。2014年以降、ロシアが実効支配していますが、国際法上は未だウクライナの土地ということです。
人口の4,159万人は、現状とはだいぶ差があるでしょう。2021年のデータですからね。国外に脱出した人も多くいます。
そして、民族の割合ですが、ウクライナ人(77.8%)、ロシア人(17.3%)とありますが、こちらは自己申告のものです。自分は何人だと思いますか?ということですね。
そして、大事なことは言語分布です。

ウクライナ全体ではウクライナ語67.5%、ロシア語29.6%であり、民族別割合に比べて、ウクライナ語の割合が低いです。これは、「ウクライナ語とロシア語のどちらが母語ですか?」という質問の回答を出しづらい人、つまり、両言語とも話せる人が多数いるということです。当然、東部や南部の方がロシア語母語話者割合は上がりますね。
そして、地形。

基本的に平野が続き、遮るものがありません。豊かな大地を抱えるウクライナにとって、耕作地が広く確保できるメリットと同時に、障壁がなく外民族の侵攻に常に晒されていることも分かりますね。
例えば、ドイツは基本、氷河で削られた土地のため、軽土と呼ばれるあまり肥えていない土地が北部に広がっています。南部のバイエルンあたりには、豊かな土地があるけど、山間部であり、北部の平原のように広い面積を確保できないんです。
そのようなドイツにとっては、特にウクライナ周辺の黒土「チェルノーゼム」は非常に豊かな土地に映っていたし、事実そうだったわけです。
真ん中に流れるドニプロ川(ドニエプル川)と一緒にぜひ記憶しておいてください。
長くなってしまいました。。。
なので、今回は3段落目まで読みます。
«Об историческом единстве русских и украинцев»「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」
1. 「ロシア人とウクライナ人はひとつの民族であり、一体である」
Недавно, отвечая в ходе «Прямой линии» на вопрос о российско-украинских отношениях, сказал, что русские и украинцы – один народ, единое целое. Эти слова – не дань какой-то конъюнктуре, текущим политическим обстоятельствам. Говорил об этом не раз, это моё убеждение. Поэтому считаю необходимым подробно изложить свою позицию, поделиться оценками сегодняшней ситуации.
最近、「ダイレクト・ライン」でロシアとウクライナの関係についての質問に対して、私は「ロシア人とウクライナ人はひとつの民族であり、一体である」と答えた。これらの言葉は、決して短期的な考えや現在の政治状況に促されたものではない。これは今まで何度も言ってきたことであり、私の信念でもある。だからこそ、私の立場を詳しく述べ、現在の状況に対する私の見解を共有する必要があると考える。
出た。初っ端から現れたプーチンの最大の主張であり、この論文の骨子。
「ロシア人とウクライナ人はひとつの民族であり、一体である」
ウクライナ人というアイデンティティ形成の画期が、いつのタイミングなのかは、色々な見方ができるかと思いますが、どんなに遅く見積もっても1991年のソ連の崩壊でしょう。
ソ連の崩壊以降という最も遅いと思われる時期を、国家形成のターニングポイントだとしても、30年以上あります。だいたい、世の中で「世代」と言われているものは約30年です。30年もすれば、1/3は死んで、1/3は生まれてきます。つまり、国全体の1/3が新陳代謝するわけです。
そりゃあ。その地に生まれて30年以上の人がいるわけですから、愛国心は育ちますわという話です。どんなに、プーチンが「ロシア人とウクライナ人はひとつの民族であり、一体である」と叫ぼうとも、
添削すると。
「ロシア人とウクライナ人はひとつの民族であり、一体である」
「ロシア人とウクライナ人はふたつの民族であり、二体である」
と主張する人々がいて当然です。
2. 3. 歴史とは、過去からの光を現在が反射するプリズム
Сразу подчеркну, что стену, возникшую в последние годы между Россией и Украиной, между частями, по сути, одного исторического и духовного пространства, воспринимаю как большую общую беду, как трагедию. Это прежде всего последствия наших собственных ошибок, допущенных в разные периоды. Но и результат целенаправленной работы тех сил, которые всегда стремились к подрыву нашего единства. Формула, которая применяется, известна испокон веков: разделяй и властвуй. Ничего нового. Отсюда и попытки сыграть на национальном вопросе, посеять рознь между людьми. А как сверхзадача – разделить, а затем и стравить между собой части единого народа.
まず、私の考えでは、近年、ロシアとウクライナの間、つまり本質的に同じ歴史的・精神的空間である両者の間に生まれた壁は、私たち共通の大きな不幸であり、悲劇であるということを強調しておきたい。これらは何よりも、様々な時期に犯した我々自身の過ちの結果である。しかし、それはまた、常に我々の団結を弱体化させようとしてきた勢力による意図的な活動の結果でもある。使用されている手法は何世紀も前から知られており、何も新しいものではない。それゆえ民族間の問題に乗じて、人々の間に不和の種をまこうとするのだ。そして最終的な目標は、一つの民族を分裂させ、対立させることである。
Чтобы лучше понять настоящее и заглянуть в будущее, мы должны обратиться к истории. Конечно, в рамках статьи невозможно охватить все события, произошедшие более чем за тысячу лет. Но остановлюсь на тех ключевых, поворотных моментах, о которых нам – и в России, и на Украине – важно помнить.
現在をよりよく理解し、未来を見通すためには、歴史に目を向けなければならない。もちろん、この論文の枠内で1000年以上にわたって起こったすべての出来事を網羅することは不可能である。しかし、我々ロシアとウクライナの双方にとって記憶に留めておくべき、極めて重要な幾つかのターニングポイントについてここに述べることにしよう。
歴史とは、過去からの光を現在が反射するプリズムに過ぎません。
歴史というのは、「過去の事実をどう解釈するのかという話」ですので、観る人の問題意識によって歴史は変わるわけです。このことを知らなくては、「正しい歴史」などを巡り喧嘩することになっちゃいます。
添削すると。
しかし、我々ロシアとウクライナの双方にとって記憶に留めておくべき、極めて重要な幾つかのターニングポイントについてここに述べることにしよう。
これ以降、プーチン大統領は、自身の解釈「ロシア人とウクライナ人はひとつの民族であり、一体である」のために、事実を取捨選択しているわけです。
つまり、ここは、「しかし、私プーチンの解釈を成立させるために、皆様に留めておくべき、極めて重要な幾つかのターニングポイントについてここに述べることにしよう。」が正しい。
近代ナショナリズムを成立させるためには(簡単に言うと、国をバラバラにさせないためには)、共有される参照点としての歴史が求められます。例えば、フランス🇫🇷ならば、フランス革命、イギリス🇬🇧ならば、マグナ=カルタや権利の請願、アメリカ🇺🇸ならばメイフラワー誓約など。
ただし、共有される参照点としての歴史は、選ばれたもので、創られたものだということを忘れてはいけません。
現在運営している読書会や勉強会、ゼミについて。
おっと。告知を忘れていました。私奇才に憧れる凡才「こたろう」は読書会や勉強会を開催しております。
笑いながら、でも少し踏ん張りながら勉強できる環境が欲しい方。
ぬーんとふかーく、のんびりたかーく、読書をして語り合いたい方。
ガチガチで歴史や言語を勉強するゼミに参加したい方。
旧帝・早慶等志望の受験生でパキパキに指導されたい方。
ちなみに、「こたろう」は英語と世界史の予備校講師でもあります。(なんと指導歴は約10年!よ!アラサー!)
というガッツリとした宣伝にご興味沸いた奇特な方は、以下noteを見てみてください。
そんな宣伝なんか興味ないけど、「こたろう」の素性も知りたいという奇特な方は、以下noteを見てみてください。
一緒やないかい!ということで、お後がよろしい様で。
以上のa:ロシア語本文は2021年7月12日付け露大統領府ウェブサイト掲載。リンクはこちら
以上のb:日本語訳は笹川平和財団安全保障研究グループによるロシア関連情報専門サイト「ロシアと世界」から引用。リンクはこちら。