「ワークマンは 商品を変えずに売り方を変えただけで なぜ2倍売れたのか」読書メモ
とても面白かった。
一部のamazonレビューにもあるが、基本的には提灯記事の書籍化というか、作業着一辺倒から「商品は変えずに」カジュアル(スポーツ・アウトドア)領域に進出し快進撃を続けるワークマンのユニークな側面を雑多にまとめ上げた本で、読み応え、歯ごたえのある書籍ではない。「あとがき」に100店舗を達成した際に記念して編纂された社史の続きをまとめたかったとあり、想い、戦略、視点、個別施策などが日経BPの記事っぽいインタビューと取材と具体的事実と著者の考察が半ばごっちゃになった形で語られる。
ワークマンといえば、個人的には「エクセルでデータ分析して好調な会社」ということで気になっていたが、それは2章で語られる。1章でワークマンを変革させた現専務の紹介があり、その次が「データ経営」なので重めに扱っていることは確かなのだが書籍全体で見るとそこまで比重が高いというわけでもない。
はじめに ワークマンとは何者か
2020年春頃のワークマンのスナップショット
第1章 ワークマンを変えた男
快進撃の起点となった「ワークマンプラス」を立ち上げ、様々な面でワークマンを変えた現専務、土屋哲雄氏の紹介。土屋氏は創業社長の甥で、三井物産を定年まで勤めた後60歳でワークマンに参加。三井物産では子会社社長含め様々な事業を立ち上げていた。最初は「目立たないように」IT・物流周りなどバックオフィスから変え、満を持して「アウトドア/スポーツアパレル領域でのユニクロ・ニトリを目指す」とワークマンプラスを立ち上げる。それまで「在庫は悪」という価値観が徹底されていたため、PB商品の開発は消極的だったが、土屋氏がパンドラの箱を開けたという。とくにカジュアルに近い領域のPB商品はあまりなかったが、家ばかりか出勤時もスーツではなくワークマンの服で全身コーディネートをするという日課を自ら課し、経営陣の本気を見せた。家族にはダサいと泣いて反対され、追随する部下も現れなかったが、「作業服ばかりでつまらん」とデザイン力をもてあましていた開発部の開発魂に火が着いたというエピソードは面白い。
そんな百戦錬磨の土屋氏も、当初ワークマンプラスは「WMプラス」とワークマンの名前を全面には出さずにブランディングするつもりだった。ところが、入居するららぽーと(三井不動産)側に「ワークマン」の名前を出してギャップを演出したほうが良いとアドバイスされそれを受け入れたという。
一号店は話題作りも兼ねて銀座や原宿への進出というのも考えたが、ターゲットがあまりに違いすぎるのと、何より家賃の面で無理をしすぎるとビジネスモデルとしての1号店にならないという判断でららぽーと立川立飛のリニューアルに乗っかったという判断もさすが。
第2章 大躍進の裏に「データ経営」あり
当初CIOとしてワークマンに参加した土屋氏だが、「システムは、構想1年・作成1年・使うのはせいぜい6年だからCIOこそ常に8年先を見据えないといけない、店舗が1000を超えるのか、アイテムは他領域に踏み込むのか、で構築すべきシステムは全く変わる。」と言い切る。
データ分析と言ってもやるのはエクセルでできる基本的な統計とそれに基づく需要予測程度。ただし、それを一部のスタッフが担うのではなく、部長級以上は必須条件として会社のメッセージにした。それまで現場店舗の店長への顔が広く融通を利かせられる人間が部長になっていたが、データを見て適正な在庫を考えられる人が部長になったという。
また、データドリブンというとスプレッドシートやプログラミングを真っ先に思い浮かべてしまうかもしれないが、駐車場の広さから加盟店募集のキャッチコピーまで徹底的に「実地で」A/Bテストをやってその結果から判断しているというのも合理的。
第3章 ものづくりは売価から決める
目標原価率65%という、アパレルとしては異常な高さの原価率へのこだわりと、「価格ありきの開発」エピソード。ちなみに原価率65%というのも、たんに「良いものを安く」というお客様目線だけではなく、ここを徹底的にやらないとamazonや価格comに飲み込まれる、一生懸命作ったものを想定以上に値引いて売る消耗戦になるというシビアな危機感から来ている。
第4章 ファンの「辛辣な文句」は全部のむ
当初ターゲットとして考えていなかったバイク乗りの間でレインウェアが人気となり、これをきっかけにワークマンは「ネットの声」に耳を傾け、商品開発に生かしたという。溶接工向けの火花が飛び散っても燃えにくい素材を使ったヤッケや手袋がキャンパーの間で人気になったり、厨房用スリッパが滑りにくいが脱ぎ履きしやすいと妊婦・子育てママの間で人気が出たり、社内では「高すぎる」と不評だった「高級メリノウール靴下」が登山ブロガーが「激安」と拡散し話題になったりと枚挙にいとまがない。
以来ワークマンではSNSやインフルエンサー(アンバサダー)マーケティングに力を入れる。世のマーケティング担当は、インフルエンサーマーケティングとはインフルエンサーに自社商品を使ってもらうだと思っている人が少なくないが、ワークマンはあくまで「ワークマンへの熱さ」を持った人を条件にし、公報が目視で発掘し「捕獲」しているとのこと。インフルエンサー(アンバサダー)にはワークマン側は金銭的な報酬は一切渡さず、フォロワーが増えたり、ビュー数が増えるような施策や情報提供、共同開発をするのみとのこと。
第5章 変幻自在の広報戦略
4章のSNS・ネット攻略に続いて、5章はTV・雑誌というマスメディアに対するワークマンの戦略。海外スポーツブランド「デカトロン」が関西に初進出してきた際は、「迎え撃つ」とあえて対立構造を打ち出したプレスリリースを流し、煽ったことによって結果マスコミにも広く取り上げられることとなった。
初の自社主催ファッションショーでは「日本初⁉ 新宿ルミネゼロで大雨・大雪・暴風が登場する『過酷』ファッションショーを開催」と銘打って、ステージに降水機、送風機を持ち込みショーを行った。これも仕掛け人は前述の土屋氏だ。正直言って、現場の広報担当ではクレームが怖くてここまで振り切れないと思う。とくに「過酷ファッションショー」に関してはモデルにはダマテンでブッキングしていたとか、会場側に確認をとったリハーサル時よりも降水量を上げたとか、多少イベント運営に関わったことがある人間なら後日談として読んでも胃が痛くなるような話だ。しかし、土屋氏は中途半端では話題にならないことをよくわかっている。振り切らないとストロングポイントにならない。これは前述の原価率65%なども通じる話だろう。また、広告費を大量投下していてはamazonには勝てないという意志も見える。
第6章 店づくりは壮大な実験
プロ職人向け「ワークマン」も、一般カジュアル(スポーツ・アウトドア)の「ワークマンプラス」も商品内容は全く同じだ。ただ、品揃えのボリュームや店頭陳列が変わるだけ。そうならば、と時間帯によって「ワークマン」と「ワークマンプラス」を切り替えるという大胆な試みをしている。プロ職人は朝早くと夕方以降に来て、日中は一般ユーザーが多い。店名を掲げた店外の看板が変わり、店内什器のレイアウトやマネキン、店内ディスプレイの投影画像、店内BGMなどが10時と16時半に切り替わる。この時間帯も前述のデータ分析から導いたという。
また、店舗運営という意味だとワークマンは基本的にフランチャイズ制で運営している。直営店はオペレーションの実験と新入社員のトレーニング用と割り切っており、ECも直販の比率を高めるのではなく、最終的にはネットで注文して最寄りのショップでピックアップし、宅配をなくし「クリック&コレクト」にしたいと考えているとのこと。配送料ではamazonに勝てないからだ。楽天の送料無料化(=出品者側の送料負担)のタイミングで楽天市場から撤退を決めたのもこの理由による。
第7章 継続率99%! ホワイトFCへの道
フランチャイズ運営におけるワークマンの特色。まるで所得税のように売上が上がれば上がるほど本部への指導料が高くなっていくコンビニのFC制度はおかしい、とワークマンは公然と批判する。またコンビニが同チェーン内で近すぎる出店でFC同士が客を奪い合っているという指摘も。各種の報奨金制度や、章タイトルにもなっている契約継続率99%という高さなどを紹介。またワークマンは「70歳定年」なのだが、まるで家業のように家族が引き継ぐケースが増えているとのこと。ただし、オーナーになるには数回の面接を通過しなくてはならず、「親父がやってるから、俺もやりたいんだよね~」というような志の低い人は遠慮なく断るという。とくに、好調な店舗・商圏の新規募集や後継者では安易な応募も増えており、経営者マインドのない人はバッサバッサ切り捨てているとのこと。
第8章 「変えたこと」と「変えなかったこと」
変えたこと:
オペレーション能力で勝つ企業から、プロダクトで勝つSPA企業へ
前例踏襲からデータで判断する経営に
大目標は期限を設けずに絶対実現をする、言ったことは必ずやる会社であることを見せる
個人の頑張りの集積ではなく勝てる仕組みづくりから考える
変えなかったこと:
標準化(マニュアル化)経営、ローコスト経営
海外進出はしない、高価格帯訴求はしない
第9章 アフターコロナの小売りの未来
土屋氏は、アフターコロナではより郊外/田舎暮らしが相対的に比重を増すのではないか、また、デフレ傾向が強まるほどブランドステータスよりコスパ重視にもなるだろう読んでおり、それはワークマンにとって追い風であると考える。また、モノ消費からコト消費へというのはコロナ以前から言われていることであるが、これもモノはよりコスパ重視になるということだ。
土屋氏は日本は同質経営、同質競争が多く、みな「Mee Too」だと非難する。独自ポジションを築かないことには勝ちはない。しかし、そのための商品開発には経営陣は口を挟まないほうが良い、「何を作っても良い」と現場の士気を上げ、在庫の上限だけチェックしておけば問題ないと言う。現在の900店舗弱ではまだ現実的ではないが、10年後に2000店舗になるとしたらクリック&コレクト(Web注文、店舗受け取り)もamazonに負けない仕組みとして現実味を帯びる、と絵をかく。
けっして脳みそをフル回転させて頭に汗を書きながら読む骨太な一冊ではない。仕事をする上での読むユンケル、あるいはモンスターエナジーとして申し分ない。
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