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愛することを忘れずにいたいと、何度も思い直している。

いつの頃からか、気がついたら意識するようにと、心の中に構えていた。
けれど、日々の中でいつの間にか疎かになってしまうこともある。
そしてあるきっかけとともに、また忘れないようにと心に誓う。
そんな“愛“について。

かしこまって言葉にすると照れてしまうような性格ではあるのだけれど、やっぱり大事だなと思うここ最近。この週末はいろいろあった。
いろいろあったけど、中でも特に友人の結婚式。愛を語るにはベタだけど、あの空間は他には変えられない幸せと喜びと切なさのようなものが溢れている。そしてそこに愛を感じるのだ。


その日は雨が降っていた。けれど、式場に到着する頃には雨は小雨に変わっていた。森の洋館という雰囲気の式場だったので、雨がよく似合って綺麗だった。中に入ると、久々に会う友だちも多い。いろんな人といろんな話をしたいので、もう1人か2人、自分が欲しくなる。みんないい笑顔をしていた。そして式が始まり、披露宴へと。主役のふたりらしい演出と立ち振る舞いで、やはり幸せに溢れていた。

式にはいろんな人がいる。親、兄弟、祖父母、従兄弟、友人、上司や部下、プランナー、会場のスタッフ、カメラマン、料理人。関係性を言葉にすれば、それぞれの立場がある。そしてそれぞれが愛をもってその場に参加することで、100人規模の人々が集まっても、それぞれに幸せな時間を過ごすことができる。そのことを実感できた、とてもいい式だった。

というのもやはり、そこには愛が溢れていたからだと思う。それこそ夫婦間の愛だけでなく、家族愛、兄弟愛に始まり、友人への愛、仕事への愛、空間、道具への愛などさまざまに。愛に溢れる空間だからこそ安心でき、笑みもこぼれる。
たくさんの笑顔に囲まれ、またその場は愛に満ちていく。そんな連鎖が生まれる時間は、本当に幸せだ。


では、そんな愛とはなんなのだろう。

いろんなカタチがあるのだと思うけど。この愛について、10代の頃から考えることは多かった。そして昔は、自己犠牲を伴ったとしても相手のためにできることを考え、行うことだと思っていた。けれどそれも、少しずつ変わっていく。
今はどちらかというと、もう少し中立な視点を持てるようになったのだと思う。“相手のために“という視点は同じでも、どうすれば本当の意味で相手のためになるのかをより考えるようになった。その結果、自分は何もしないということを選んだとしても、それはそれで自分なりの愛だと思うのだ。

生物、無生物問わず、相手が自分の力を発揮できるように支えること、力添えすることが今の自分にとっての愛。奉仕と近いかもしれないけれど、少し違う。より、相手への信頼のもと行動しているのが今の自分にとっての愛のようだ。
つまり、信頼のない相手には、サービスはあってもなかなか愛は捧げられない。それは30代になり、自分の割ける資源には限りがあると気づいたことが大きいのだと思う。

けれど理想としては、あらゆる人にも愛を持って接することができればと思っている。ただ、理想まではまだ遠い。昔よりも遠ざかっているのではと思うこともある。それでも、この週末。たくさんの信頼できる友と一緒に、大切な時間を共有し、祝福できたことは、改めて愛の大切さを思い出させてくれた経験だった。

そうやって、何度も何度も、誰かを、何かを愛することの大切さを実感しては少しずつ忘れていき、また思い直す。同じ繰り返しのように見えるけれど、その度に愛は確かに重なっている。だからきっと、愛情深くもなれているはずだ。

そう信じて、また愛することを忘れずにいたいと思い直した、幸せな十月のとある日。

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