憧れの一人暮らし〜アレがない⁈ver.
(過去記事:卒業式のあとに〜のつづき)
入学式の予定より10日ほど早く、大学がある他県へと引っ越しを済ませた。
実家を出ることが嬉しくて仕方がない!!
…嬉しくて仕方がないのに、おばあちゃんと離れることが1番寂しかった。
小さな頃から、陰日向になり、どんな時でも私を庇ってくれた命の恩人のおばあちゃん。
『絶対遊びに来てね…』
と言う私に、涙ぐんだ表情で頷いたおばあちゃん。
脳梗塞の後遺症で言語障害が出始めていて、頭の中はシャンとしているのに、うまく話せないおばあちゃん。
これからもきっと、何がある度にやつ当たりされたり、暴力の危機にさらされることは容易に想像ができる。
重度の障がい者の佳子ちゃんが家に居るので、佳子ちゃんを置いて出れない…おばあちゃんの人生は家に振り回されるばかりだ。
『手紙書くし、PHSから電話をするから待っててね…』
それしか言えなかった。
新築のマンション、最上階角部屋の真新しい部屋に、グランドピアノにベッド、スチールラックや家電などひと通り配置し、母は一泊だけしてすぐに帰った。
と、同時に
『ヤッター!!これで心置きなくタバコが吸える!!』とピースライトを取り出し、買っておいた灰皿を机の上に置き、部屋で一服した。
うますぎる!!!!
バイト代を貯めてあらゆる物を自分で購入した。
軍資金は30万円。
1番初めに買ったのはKENWOODのCDとMDがたくさん入るコンポ。音響が1番だ。
これからは、自分の好きな音楽を好きな時に好きなだけ聴くんだから…と10万円出して購入した。
ジュディマリのCDアルバムを出し、“BIRTHDAY SONG”を大音量でかけてみた。“BASS”ボタンを押すと、低音が胸に響いて気持ちいい。
ヨシ、これで毎日ズンドコ音楽かけよう!
次にケーキも焼けるオーブンレンジや電気釜、CDや雑貨も置ける、当時流行ったスチールラックを見渡す。
間接照明も色んな色の電球を買って、好きな色で夜を楽しむ。
お菓子を作る道具一式も全て揃えた。
バンドミキサーから計量スプーン、パウンドケーキの型まで全て買い揃えた。
もちろん、製菓用リキュールやエッセンス類もぬかりなく、だ。
自分のバイト代を貯めて、そこから出したので母から文句は言われなかった。
唯一気に入らなかったのが、ピアノの下に敷くための、モスグリーンのロココ調のクラシカルな分厚い絨毯。
本当はカーテンの色に合わせてピンクの絨毯が欲しかったが、そこは母が譲らなかった。
当時の私は、友だちが集まれる“クラブ”みたいな部屋に憧れていた。
どんなに近未来的でオシャレな部屋にしようとしても、その絨毯一枚で部屋の雰囲気がアンバランスになる…
『もう!夜は蛍光灯なんかつけないで、全部間接照明で暗くするんだから!』
と、ブツブツ言いながら、次は地元より遥かに都会の雑貨屋で、どんなベットカバーを買おうか…なんて考えるのが楽しくて仕方がない。
出窓には、雑誌Zipperから切り抜いたジュディマリのYUKIの大きな写真を飾り、ブリジットバルドーのLPレコードのジャケットも飾った。
『部屋の中でタバコが吸えるなんて…幸せすぎる…何より家事が1人分で済むのがこんなにラクだなんて…!!』
母の過干渉は相変わらずで、1日3回以上昼夜問わずPHSが鳴るので、あえて家電話を置くことを拒否しまくった。
『いつ、どこで、誰と何をしているのか?』の5W1Hを聞かれることが分かっていたから…
昔から干渉と束縛の激しかった母は、家に固定電話を置くよう、かなり強く言われたが、そんなものを置いていたら、おちおち外出も遊びにも出れない。
PHSがある時代で良かった…心からそう思った。
置き時計の位置はどこにしよう…
地元の時計屋で、“ゴン太くん”の時計を目にして以来、それしか目に入らなくなり、ゴン太くんの音楽が鳴る目覚まし時計は、祖父が買ってくれた。
1人暮らし用に貯めた軍資金30万円は、まだ残りが充分あるが、これから何が要るか分からないので、大切に取っておくことにした。
一人暮らしをする上で、母から出された“鉄の3箇条”がある。
一、男を部屋に入れるな
一、男の部屋に行くな
一、男の車に乗るな
同じ大学で知り合った学生でも“男は全部ダメ!”
これらの鉄の3箇条は、入学して1ヶ月以内に全て破ることになる。
一人暮らしを始めて数日後、何か違和感を感じた…
何かがフツウの部屋と違う。何だろう?
『あ!!テレビがない…』
そう、テレビを買うことを忘れていた…
皆さんは信じられないかもしれないが、私の実家では母の偏向教育と例の宗教のせいもあり、「テレビは悪だ」と教えられてきた。
昔からNHKとBSしか見せてもらえなかった事もあり、私にはテレビを見る習慣がまるでなかった。
『なければないでいいや…』
友だちができたら、友だちの部屋で見せてもらえばいい。
後にできた大学の友だちから、なぜ一人暮らしの部屋にテレビがないのか、随分と不思議がられた。
だってテレビ見せてもらえなかったから…
テレビっ子じゃないし…
一人暮らしを始める際、皆テレビを1番最初に購入したと聞いた…そうか、そんなに大切なモノだったのか…
まぁいい、KENWOODのコンポでラジオなら聞ける。ニュースもそれで聞けばいいだろう。
後にできた歴代の彼氏も
『なんでこの家にはテレビがないんだ⁈』
と、驚きを隠せないという様子だった。
結局大学4年間テレビを買うことはなく、何人目かの彼氏が呆れて、自分の家に余っている小型テレビを私の部屋に持ち込んだ。
確かにあったほうが便利であった。
自由というものは不思議なモノで、さぁ好きにしなさい!と突然解放されても、それまでの生活習慣から得たことしか思いつかない。
私の場合、それのいい例がテレビだった。
そういえば親友のみっきーは、いつ引越してくるんだろう?
みっきーは第一志望の大学から射程圏内にある大学受験に全て滑ってしまい、たまたま滑り止めに受けていた大学に進学する事になった。
腐れ縁とはこういうモノなのか、その滑り止めの大学が、私の進学した同じ県内にある大学であった。
ちょっと離れてるけれど、電車で1時間もかからない距離だ。
高校時代の親友と、まさか大学まで同じ県になるとは…私はほくそ笑むしかなかった。
入学式までまだ1週間以上ある。
近所のどの辺りにスーパーがあるか確認し、食材や調味料をどっさり買い込んで、早速自炊を始めた。
洗濯物も掃除も、料理も1人分だけでいいなんて、天国みたいだ。
ホームシック??
ホームシックになるのは、大抵の場合、実家で親にぜーんぶやってもらっていた、平和で調和のとれた家庭出身の者だけがなるものなんだ。
やっと全てから解放され、1人になれた事が嬉しく、それから先もホームシックになんて、ただの一度もならなかった。