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【閉鎖病棟入院⑩〜旅立ち】

デジタルデトックスの魔法がとけ、主治医Dr.Mから携帯電話の所持が許された。


•9時30分〜15時30分
•SNSは見るのはオッケー、発信はNG
•LINEなどは必要最低限
•人に貸さない

これらを守らねば、すぐに没収される。

閉鎖病棟でスマホを自己管理している者は、非常に少なかったように思う。








凛ちゃんの退院の日。


凛ちゃんは早起きし、白&くすみピンクの洋服に着替えていた。後ろから見ると、編み上げの細身のスカートが可愛らしい。
初めて見る私服姿。
やはりハタチそこそこの可憐さがある。


私は良からぬことで早く目が覚め、早朝6時半には凛ちゃんと2人で、薄暗い広間の椅子に座った。
思えば凛ちゃんが1番先に、入院したての私に声をかけてくれたんだ。

彼女の存在には感謝しかない。

凛ちゃんは失恋をきっかけに、心のバランスを崩し、たまたま入院してきた。私がハタチ過ぎの彼女にできる事は、彼女の質問に答えること。
それくらいしかない。
主に恋愛の話が多かったが、久しく恋愛をしていない私にとって、凛ちゃんの心の動きや言動は新鮮だった。
まだ、どこか甘酸っぱい失恋の名残がする、ラズベリーみたいな女子だった。
彼女にnoteの話をするとアカウントを持っていた。


京極も早く起きてきた。


凛ちゃんの退院まであと数時間、用事を済ませたらなるべく皆で居ようと思った。





Dr.Mの応診に呼ばれた。 


認知行動療法を進めていく中で、私はDr.Mの病名の見立てが気になった。



『AD/HDは確かにあるけれど、僕の見立てでは、橋本さんはアタッチメントですね…自閉症と非常に似ている症状がたくさんあるので難しく、よぉ〜く見ないと見分けがつかない…愛着障害のことです。』


『あ…以前児童発達支援で働いていた時、愛着障害の子どもが居ました…なら、私は自閉症ではないんですか?』 



『医師によって診断も見方も異なるので、非常に難しいところではありますが、僕の見立てでは、あなたは自閉はないと思っています…』



『アタッチメントか…』



アタッチメント…そういえば昔勉強した用語だな。発達障がいも何もかも、ひと通り勉強したけれど、その当時はまさか自分の病名がそれらに該当するとは思ってもいなかった。

鬱気質の強い気分変調症だと、つい数ヶ月前まで長年思っていたのだから。


『先生!なら、ココに入るキッカケになったSNSトラブルは?』


『それは適応障害です。』



『なるほど…わかりました。』


私は医師に伝えたい事がある時、思考がバラバラになり忘れてしまう事がよくあるので、自分の伝えたい事を箇条書きにしたり、表にして医師に渡すようにしている。

これまで何人かの医師に同じ手を使ったが、口で長々喋るより効果的だった。


裏表に書いたB5サイズのメモを、Dr.Mに手渡した。
その内容をふんふん…とうなずきながら、
『このメモ、カルテの中にそのまま入れてもいいですか?』
と言われたので、頷いた。





凛ちゃんの退院は、心理学生クンの時と同じように、UNOをした仲間全員で、閉鎖病棟の出口ギリギリまで見送った。


京極がどこか寂しい目をしていた。






みんgalは、薬の副作用で昼間もずっと寝ている。
たまに起きて、私のスマホからInstagramを一緒に見たり、折り紙を織った。彼女は折り紙で四角い箱や、様々なものを織る。
手先が器用なんだな…月夜さんといい、何か一芸ある人が多かった。



みんgalがまた寝ている間に、同室に新しい住人がやってきた。
ショッキングピンクのTシャツに同じ色のクロックスを身につけた若い女性は、コミュニケーションをとることが困難であった。


1人で漫画や雑誌を読んだかと思ったら、部屋の中や広間をピョンピョン飛び跳ねる。常に動きまわっていたが、そういう患者さんもある一定数居るので、お互いあまり関わらない。


静かに寝てくれるかな……
ココに来て、ピンク隣人と“どうしようおばあさん”の睡眠妨害に数日間苦しめられた私は、神経質になっていた。


夕食後は、みんgalも起きてきて、マイメロも入れたメンバー6人でUNOをしたり、月夜さんが描くイラストを眺めたり、しょーもない話で盛り上がったり、歌番組を見たりして楽しいひと時を過ごす。



就寝前、ラベンダーのアロマの香りを垂らしてもらい、眠りについた。






パタパタパタパタ…ドン…んふふ…パタパタパタパタ…



深夜、鳴り止まないクロックスの足音で目が覚めた。
時計はまだ0時45分…



やっぱりな…ていうか、クロックス禁止って規約に書いてるじゃないか!!




イライラしながら頓服をもらい、またベッドに戻る。





んふふ…パタパタパタパタ…ドン…


どうやらクロックス住人は3分おきにトイレへ行っているようだ。

人が寝ている深夜だから、足音を小さくしようなど、思わないらしい。



パタパタ…パタパタ…ドン…


『あのさ、夜中だからね、もうちょっと静かに歩いてもらえない?』
彼女の足元のピンクのクロックスを指差し、話しかけた。


イライラする中、ものすごく丁寧に彼女に言ったつもりだ。


次の瞬間、彼女は“ムンクの叫び”そのものになった。両手を顔にあて、私の顔を見ながら、恐怖におののいた表情で口をあける…あの絵のままだ。


やっちまった……言わなきゃヨカッタ??


『ミ、ミカのミッションがああぁぁぁぁ〜!』



やれやれ…
詰所に向かう私。
何がミッションだ!!こっちは寝たいんだよ!と毒づく。



夜勤の看護師に、クロックスは本来病棟で禁止されており、深夜に歩き回るのでその音がうるさくて眠れない事、せめてスニーカーを履け!
同じお金を払い、ルールを守っているこちらが、なぜ睡眠妨害に遭わなければならないのか?抗議した。

ミッションがどうの…と言い出した…事も付け加えた。


看護師はフンフンとこちらの言い分を聞き、ミッション女のクロックスをスニーカーに履き替えさせていた。
深夜は鍵をかけている広間を開放し、彼女が自由に飛び跳ねたり歩き回れるよう配慮された。


私は最後の頓服を詰所でもらい、部屋に戻る。

みんgalのベッドに目をやると、スヤスヤと寝ている。この時ばかりは薬の副作用でも眠れることが羨ましい限りであった。



そんなわけで私は4時間後に目が覚めてしまい、やはり睡眠に失敗した。

早朝5時過ぎ、ミッション女が部屋に居ない。
私もそれ以上眠れる気がしないので、女性専用ゾーンの奥のソファで気を紛らわせようと向かう。


先客が居た。
ミッション女は手をひらひらさせながら飛び跳ねていた。一晩中起きていたのだろうか…


『あの、ごめんね…ずっとココに居たの?』
一晩中眠れない彼女を気の毒に思い、声をかけた。


『ミ、ミカは静かに歩くミッションを与えられた…』
履き替えたスニーカーでジャンプしている。

『ミカは、ママとコンビニにグミを買いに行く途中でミッションに失敗した、だからココに連れて来られた…ミッション失敗…』


『そっか……』
私もそれ以上言うコトバが見つからない。


ココに入っている住人の半分くらいが、『親に無理矢理連れて来られた』『騙された』と言う人が多かった。


そのまま部屋に戻り、朝7時をまわってようやく眠気が襲ってきた。



朝ご飯を食べ終え、広間に居たシンちゃんと政治について討論している番組を一緒に見た。

『カマラ•ハリスが次の大統領なったらええのにな!』

その答えは何ともいえないが、
『シンちゃん、私の母親と同じ名前だよ、この人…』
と言うと、近辺の人が皆黙ってしまった。シンちゃんも私の顔を真面目にジッと見ている。


『名前って言ったけど、あだ名が一緒なの、カマラって呼んでるんだ!一応日本人だよ…』
と笑ってみせた。


『なんだぁ…あだ名…ビックリした。』
シンちゃんも周りの人も笑った。





部屋に戻ると、ミッション女の荷物が一式なくなっていた。そこを掃除していた、おすぎかピーコに似た男性看護師に話しかけた。



『私ね、3人とも嫌いでクレームつけてたわけじゃないの、本当に眠れなかったんです…眠れないのが1番辛いから…
あのさ…ぶっちゃけ私、部屋割りの運、悪くない?』



『分かるよ、ウン。なんか自分めっちゃ運悪いわ!!』
と大声で言われ、笑われた。


私も一緒になって笑うしかない。

その後、ミッション女は個室に入り、外から鍵をかけられていた。

昨晩は具合が悪く、頭が痛いと彼女なりに騒いでいたらしい。





その日の午後から、私たちの病棟が全て封鎖され、売店へも行けず、面会も誰1人として禁止された。OT(作業療法)に行っていた、ターバンのお姉さんも急いで病棟へ帰ってきた。


看護師が、血相を変えてアルコール消毒をしていた。病人が出たらしい。



Dr.Mの応診があり、
『橋本さんは明後日、外出(外泊)届けを出されていますが、今病棟がこのようにバタバタしており、橋本さんは落ち着いておられますので、そのまま退院されても大丈夫ですよ。』

と言われて驚いた。


私はどうしても外せない用事があり、外出届けを出していたのだが、帰りが病棟の規則に間に合わないため、外泊届けを提出してOKをもらっていた。

コロナが猛威を奮っており、1回外出or外泊するたび、3日間個室に隔離される措置が取られることを、退院した凛ちゃんから聞いていた。

2週に渡り、同じ用事で外出届けを出していた。病棟から病人が出た今、あなたは落ち着いてるから退院してもいいよ、とのことだった。

病棟と外を出たり入ったりされたら困るのだろう。


『ありがとうございます。お世話になりました。私はこれから自分にどう向き合えば良いですか?』


『毎週の杉浦先生のところへの通院とは別に、自費になりますが別の機関でカウンセリングを受けられたほうがいいですね…』



『わかりました、ありがとうございます』


当初の予定より、半月早く退院許可が出た。

その日のうちに、退院が少し長引きそうだと話していた、京極とマイメロ2人の退院日も決まった。

ヒナタ姉さんは、退院日を巡って親族との話し合いの末、思うように話が進まず、目を真っ赤に腫らしていた。彼女の話を聞いていると、やるせない事情があり、私も自分の事のように悔しかった。理不尽な現実に、ヒナタ姉さんは傷ついていた。



夕方は皆でテラスに出て色々と話し、夜は気が済むまでUNOをした。



こんなに嫌だった閉鎖病棟が、今になって退院することがとても寂しく感じられた。

最後2日間は、みんgalが気をきかせてUNOを盛り上げてくれたが、皆の優しさにポロポロと涙が出てきた。

恥ずかしいな…こんな年になって皆の前で泣いてしまうなんて…


入院当初は、精神病院というより閉鎖病棟が怖く、得体の知れないところだと思っていたが、今ココにいる仲間は、俗世間で何かに深く傷つきメンタルをこじらせ、一時的に休みに来てるんだ。



みんgalが言う。
『普段、自分が生きてる世界では、絶対関わらないような人とココでは出会えた。年齢も性別も、付き合う属性も全然違う人たちと出会えたよ…』
ヒナタ姉さんも頷いている。私も本当にそう思った。


退院した心理学生クンや凛ちゃん、京極、月夜ちゃん、ヒナタ姉さん、みんgal…つかず離れず仲良くなったシンちゃん、ここに出ていない女性たち…心の傷と痛み、同時にその痛みがお互い分かる優しさを持ち合わせていた。

皆お互いの事情を根掘り葉掘り聞いたわけではない。


ふとしたきっかけで、心のバランスを崩し、たまたまこの“ベストタイミング”で入院し、皆に出会えたんだ。
3日でも入退院の時期がズレたら、このメンバーと会う事はなかっただろう。
後々考えても、私が入院した時期は本当にタイミングが良く、不幸中の幸いであった。



キレイゴトではなく、皆どこかのタイミングで、いつも誰かを思い、泣いているのを見かけた。深く傷を負った者が多く居る病棟であった。



最後の日の夜、月夜ちゃんにイラストを書いてもらった。私と猫のイラスト。また涙が出た。

実のところ、月夜ちゃんとはほとんど2人で話をしていなかったが、お互いの言葉のカケラから、私と月夜さんの家庭環境が類似している点が多く判明した。

月夜ちゃんと2人きりのとき、“親ガチャ、毒親”の使い方があまり好きではないという話をした。

昨今、“親ガチャ、毒親”というフレーズがブーム?になっているようだが、私や月夜さんからすれば、本当に毒を持った親なんて、そんなかわいらしいものではない、現実はずっと残酷で、時には殺したり殺し合ったりして誰かの心がポキッと壊れていたりする。
そして親自体も、そのまた親から厳しい折檻や虐待を受けていたりする事も多々あるよね…と。

なので親ガチャなんて、まるでくじ引きみたいな言い方してるのを見るとイラッとくるよね…なーんて2人で語った。




退院の日、朝から皆とサヨナラするのが名残惜しくて、私はまた泣いてしまった。
noteの話をすると、意外なことに皆よく知っていた。
知らないところでnote仲間になっていたわけだ。



考えてみると、この病院に来て泣かない日なんて1日もなかった。



荷物をまとめ、みんなに囲まれて退院する時、京極が“神様”を見つけ、
『この姉さん、今日で退院だって!』
と大声で叫んだ。

“神様”は、強化ガラスの向こう側から、両手を挙げ、バンザイをしてくれた。また涙。


ヒナタ姉さんが泣いている。
たった1人の同世代だった。



Dr.Mと看護師に挨拶をし、セキュリティロックのかかった重いドアを開けられた。


最後まで見送りに来てくれた皆も、それぞれ退院が早まったと聞いて、少し安心した。


相方が笑顔で迎えに来ていた。


『またココに戻ってきちゃダメだよー!』


『いや、わからん…その保証はどこにもない。』


ボソリと答えて、私は閉鎖病棟をあとにした。














※見出しのイラストについて。

月夜ちゃんが、『天使の旅立ち』をテーマに描いてくれたイラストです。
彼女から、これを最後まで読んでいただいた皆さまにひと言。



『天使の旅立ち、ふんわりとやわらかな雰囲気で。まだ色を塗る余地はありますが、天使の人生はまだこれからだというメッセージを込めてあえて余白を残しています。
その人にはその人にしかない色がある。色々なものを見て自分自身を染めていきたい。天使はそう思って飛び立った。』





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