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お嬢様学校とアケミの告白

中3の1学期の期末テストが終わり、成績が全く上がらない事に悩んだ。部活を引退した“今まで勉強をサボっていた男子″がグンと力をつけていた。自分が頑張ったつもりでも、周りも同じペースかそれ以上に頑張っているからだ。

私の第一志望高校は学区内にある母も叔母も親戚一同が通った進学校、約220名のうち40番以内に居れば“安牌″と言われていた。その中のトップ3が隣の市の更にレベルの高い進学校の“理数科″に行ける特権を持っている。そのトップ3の中に夕ちゃんの“オキニ″の翔平くんと、私が勝手にランキングしていた“学年で好きな男子第7位″にいた村井くんが居た。

私の成績は60番台になっていた。ヤバい、第一志望高校はおよそ65番くらいまでがギリギリセーフだと噂されていた。

3年生から始まった社会科の“公民″だけ常に1番か2番で、それだけが5教科の中で唯一の5であった。というのも私にとって“公民″(高校では政治経済、倫理)は朝飯前で、普段からNHKと教育テレビとBSしか見せてもらえない&おばあちゃんがいつも国会中継を聞いていたので、幼い頃から歴代の総理大臣の名前から当時の自衛隊のPKO問題等のニュースが嫌でも耳に入り、特別勉強しなくても高得点が取れた。母は“これ見よがし″に自分の教育方針は間違っていなかったと私に言った。まぁ公民に限って言えば、あながち間違いではなかろう。

問題なのは数学が足を引っ張っていた事だ。週2の塾に加えて、マンションの下に住む商船学校の先生が毎週末家庭教師に来てくれる事になった。
とりあえず第一志望高校はそのままで、私立高校は2月に受験があるので先にそちらの滑り止めを決めねばならない。ひとつは隣の市にある私立高校、もう一つは自宅から通学するのには遠すぎる音楽科のある女子校を受けるかどうかだ。

音楽科があるその女子校は、偏差値的には高くないがお嬢様学校として知られていた。
夏のオープンキャンパスではその高校の先生の直々のピアノ実技指導をしてくれるというオプションもあったので、K先生とベートーヴェンのソナタアルバムから一曲選び練習に励んだ。

夏休みに入り、塾の夏期講習もみっちり入る中、母と2人で女子校のオープンキャンパスに電車を乗り継いで行った。生徒指導の先生から言われていた“受験生らしく″母も居るので制服をキチッと着てファンデーションも塗らず、品行方正を装いベートーヴェンの楽譜を片手に女子校へと入った。
それまで女子校と聞くと、化粧の濃い女子ばかりいる女の園と思い込んでいたが、在校生はおらず、上品な先生方が出迎えてくれて驚いた。そこに来ていた同学年の他校の女子生徒を観察した。皆“品の良いお母さま″同伴で真面目そうな雰囲気である。
音楽科の受験には、ピアノの実技試験が1番重きに置かれ、あとは3教科の筆記試験と面接だけであった。まずその高校の先生からの実技指導を1時間ほど受けた。少し年配だが、“いかにも音大にいそう″な雰囲気の、ふんわりとした巻き髪をしたとても上品な先生に、ベートーヴェンのソナタの一楽章をみてもらった。勿論暗譜もしていたが、楽譜を見ても良いと言われた。

『素晴らしいわ。あなた、このままこの曲で試験を受けなさい。あなたのような生徒さんに是非来てもらいたいわ』と言われた事しか覚えていない。私立高校なので生徒の確保に必死だったのか、リップサービスなのか、本当に私の弾いたベートーヴェンが素晴らしいのか、全く分からなかった。実技に関して言われる事は特に何もなかった。

その後、母と2人で校長面談のようなものがあり、学園の女性校長から『是非うちにおいでください、あなたの成績ならば一般入試でなく推薦で受けられたら良いわ。お嬢さんはご自宅からは遠いので寮に入っていただく事になると思いますが、お母さまも安心して我が校へお嬢さまを預けられてください。是非お待ちしていますよ』と念押しされた。何だか拍子抜けした。
“もうウチに来なさい″とお墨付きをもらったようで内心嬉しかったが、全寮制というのが気になった。
母は、とても良い校風だ、やはり私立のお嬢さん学校はこうであるべきだと大変気に入っていた。しかし母もまた、遠く離れた女子校に一人っ子の私を全寮制で入れるということが気がかりな様子だった。とりあえず何かあった時のために、その女子校を受験する事に決めた。

夏休みの塾の夏期講習は約2週間ほどだが、朝から夕方まで、ほぼ缶詰め状態で授業が入っていた。志望校ずつにクラス分けされ、近隣の中学からもたくさん受講生が来ていた。進学校コースのクラスに居たので、いわゆる真面目ちゃんが多く、私は退屈で隣の席の仲村くんと喋ったり、ガムを噛んだり、与えられた事だけを最低限こなして塾が早く終わる日はアケミの家に度々寄り道して帰宅した。

アケミはハナから受験に興味がなく、転校してくる前に在籍していた隣の市の中学から一番近い私立高校を受けると言っていた。どうやらそこに昔の仲間や当時アケミが付き合っていた男子校生がいるようだった。
ある日アケミが突然『なんで私が転校してきたか知ってる?』とケラケラ笑いながら聞いてきた。私は勝手にお父さんの仕事の都合なのかな、くらいにしか思ってなかった。そもそも工業地帯や企業が海沿いにたくさんある地域だったので、転校で出入りする者が多く、理由なんて考えた事もなかった。

『前の中学でね、1年生の時に学校のナンバー2だったんよ』と言われ、あぁそうか、アケミは美人だから学校で2番目にモテてたのね!と解釈した。
そのナンバー2ではなかった。アケミが元々居た中学はヤンキーが多い中学で有名だった。どうやらアケミは中1の時点で、その中学のナンバー2のポジションに居たらしい。ナンバー1の人は学年が上の先輩で、年少(少年院)行きになった、自分はまだ中1だったから年少に行かずに済んで、その代わり転校するよう学校側から言われ、ヤンキーの居ない私の中学に“飛ばされた″らしい。いわゆる“放校処分″で済んだというわけだ。
なるほど、だから中途半端な時期に突然隣の市から転校してきたんだ、ていうか中1でナンバー2って誰が決めたの?と聞くと、『先輩がお前がナンバー2をやれ、1、2年を仕切れ』とご指名を受けたらしい。
『へー、アケミってバリバリのヤンキーだったんだね、なんとなくそんな気はしてたけど、ヤンキーの人ってやっぱ指名制なんだ。で、アケミは何したの?』と聞いたが、苦笑いするだけで詳しくは教えてくれなかった。

『だからね、別の中学でやり直そうと思って最初真面目にしてたんだ、バレー部にも入ったし。だからウチの親、レナちゃんの事めちゃくちゃ気に入ってるんよ。まだ化けの皮、剥がれてないかな?』とアケミは言う。
『大丈夫だよ、何したのか知らないけど、それ聞いたからって別に何とも思わないよ。前がどんなのか知らないけど、今はフツーじゃん。私はアケミと友達になれて嬉しかったよ』と正直に話した。

アケミはセブンスターを吸っては、口から煙で輪っかを作って上に上に煙を吐いていく。
彼女なりに色々考え、心機一転して頑張ろうと1年近く様子を見て私に話したんだろう。 

それ以上は何も聞かなかった。

数年後にアケミが昔居た中学で、高校生を巻き込んだリンチ事件があったと人づてに聞いた。アケミがそれに関わっていたかどうか今でも私は知らない。


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