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遥かなる熱水噴出孔。

オジさんの科学vol.088 2023年4月号

 年をとると、トイレが近くなる。
 長距離バスは、必ずトイレ付を予約する。電車が止まったら、エレベーターに閉じ込められたら。いつも心配は尽きない。
 民間宇宙船や小さな潜水艇はどうなっているのだろうか。

 潜水調査船「しんかい6500」を、調べてみた。
 居住スペースは、直径2mの耐圧殻というボールの中だけ。機材とともにパイロット2名、研究者1名の計3名が搭乗する。思った通り、トイレは無い。
 6500mの深海まで片道2時間半、潜航時間は最大8時間だそうだ。利用の手引きには、「有人潜水調査船内に簡易トイレが用意してあります」と書いてあるが、これはいわゆる緊急時の固める携帯トイレみたいだ。同乗者の傍で使うには、勇気が要りそうだ。「水分の摂取は控え目にし、体調の維持に努めて下さい」とも書いてあった。
 オジさんには、無理。

生命誕生の場⁈ 深海の熱水噴出孔。
 その、しんかい6500を保有するJAMSTEC(海洋研究開発機構)が、今月11日に「国際深海科学掘削計画(IODP)第399次研究航海の開始について~生命誕生場の探索:アトランティス岩体掘削~」と言う発表を行った。インド、英国、オーストラリア、中国、ドイツ、日本、フランス、米国の共同調査だ。

「アトランティス岩体」は、北大西洋の中央海嶺の北緯30度付近にある。中央海嶺は、海洋プレートが生み出される地殻の裂け目。アトランティス岩体は、その裂け目から露出したマントルの塊だ。
 2000年、アトランティス岩体の頂上付近、深さ約700メートルの海底で、生命誕生のカギを握ると言われる「ロストシティー」が発見された。

 ロストシティーには、高さが最大60mにも及ぶチムニー(煙突)が立ち並ぶ。巨大な白いチムニーは、石灰岩(炭酸カルシウム)で出来ている。
アトランティス岩体のマントル物質は、海水に触れると化学反応を起こす。反応の過程で岩石に染み込んだ水は90度ほどに温められ、炭酸カルシウムをたっぷり含む。そして「熱水噴出孔」から噴き出てくる。熱水に含まれる炭酸カルシウムが沈殿して、白いチムニーが建造される。

 この熱水には水素、メタン、硫化ガスなどのエネルギーがたっぷりの物質を多量に含まれている。このエネルギーで生きる微生物が、ロストシティーの住民だ。彼らは、太陽エネルギーを全く必要としない。

 生命が誕生したと考えられる、30~40億年前の地球には、ロストシティーと似たような熱水環境があったと考えられている。初めての生命が、そこで誕生した可能性があると思われている。「熱水噴出孔での生命誕生仮説」だ。
 2018年、パリ地球物理学研究所の研究チームは、ロストシティーから生物に由来しないアミノ酸を発見したと発表した。

 現在棲息している生物の遺伝子分析結果も、この仮説を支持している。地球上のすべての生物は、真正細菌(大腸菌など)、古細菌(メタン菌など)、真核生物(動物、植物など)の3つに分けられる。  
これらの遺伝物質を分析して系統樹を作ると根元に近い生物には、高温の温泉に生息して水素をエネルギー源とするものが多い。
このことから、地球上のすべての生物の共通祖先は、水素が豊富な熱水中に棲んでいた可能性が高いと考えられる。条件を満たすのは、熱水噴出孔だ。

 国際共同チームの調査による、新たな発見が待たれる。

宇宙にも熱水噴出孔。
 熱水噴出孔は、宇宙でも注目されている。
 今月14日に、ESA(欧州宇宙機関/イーサ)が主導する木星氷衛星探査機 「JUICE(JUpiter ICy moons Explorer/ジュース)」が、南米フランス領のギアナ宇宙センターから打ち上げられた。
 
 日本が開発した観測装置も搭載されたこの探査機は、2031年に木星近辺に到達し、35年まで木星の3つの衛星「エウロパ」「カリスト」「ガニメデ」を探査する。これらの表面は、氷で覆われている。しかし、その下には、生命に不可欠な「液体の水」を蓄えた海があるかもしれないと思われている。

 このうちエウロパには、氷の下に確実に海があると考えられている。直径約3,100km、月よりわずかに小さいが、木星の衛星では4番目に大きい。3日半で木星を周回する。
 
 2012年から2016年にかけて、ハッブル宇宙望遠鏡が、エウロパの表面から噴出される水蒸気を観測した。間欠泉の様に噴き出る様子が複数回観測されている。エウロパの海底には、ロストシティーの様な熱水噴出孔があると考えられている。そこには生物がいるかもしれない。

 JUICEは、エウロパの上空を通過する。その際に、噴出した水に生命に必須な元素が含まれるのか、ロストシティーの水素の様なエネルギーが存在するかを調べる。
 また、NASAも、来年探査機「エウロパ・クリッパー」を打ち上げる予定だ。

 地球からエウロパまでの距離は、最も近づいた時でも約6億kmもある。宇宙を旅して、エウロパの表面に到着するまでには、何年もかかる。さらに熱水噴出孔がにたどり着くには、少なくとも厚さ数千mもある氷の地殻を突き破る必要がある。そして、深さ数千m以上もある海に潜る。大型掘削機や、しんかい6500も必要だ。
 

 年をとると、トイレが近くなる。一方エウロパの熱水噴出孔を考えると、気が遠くなる。地球外生命の有無も生命の起源も、簡単には決着がつきそうにない。

<参考資料>
プレスリリース
『国際深海科学掘削計画(IODP)第399次研究航海の開始について~生命誕生場の探索:アトランティス岩体掘削~』 2023年 4月 11日 国立研究開発法人海洋研究開発機構

雑誌
日経サイエンス 2010年3月号 「深海底のロストシティーが語る生命の起源」
日経サイエンス 2017年2月号 「見えた!木星エウロパの活動」
natureダイジェスト 2019年3月号 「岩石と熱水によるアミノ酸合成」
日本惑星科学会誌Vol. 23, No. 2, 2014 「みんなでふたたび木星へ,そして氷衛星へ その2
~サブミリ波分光計JUICE-SWIの挑戦~」

WEB
JAXA JUICE木星氷衛星探査計画 ガニメデ周回衛星
https://juice.stp.isas.jaxa.jp/
NASA  Jet Propulsion Laboratory
https://www.jpl.nasa.gov/images/pia21443-hubble-sees-recurring-plume-erupting-from-europa

その他資料
『有人潜水調査船「しんかい6500」利用の手引き』 2022 年1 月改訂 国立研究開発法人 海洋研究開発機構

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