哲学視点の人生の意味とは
お疲れ様です!
本日は「哲学視点の人生の目的」について、私が個人的に納得感を強く抱いたニヒリズムを交えて、考察していきたいと思います。
自分の人生の意味について考えたことがある人は多くいるのではないでしょうか。多くの人は自分の進路に迷っているタイミングや、人生の壁にぶつかって精神的に追い込まれている時に、自分の人生を考えることがあるかと思います。
私は人生について考えることが多くあり、その中で見つけたのが「20世紀とは何だったのか」という本です。この本は、京都大学の社会思想史を専門とされる佐伯先生が執筆した本であり、京都大学を退官されるタイミングで刊行されています。ここに出てきたのが、ニーチェのニヒリズムという哲学的な思想であり、1800年代後半の当時では反感を買いそうな思想であると感じます。ニヒリズムとは虚無主義とも言われており、今生きている世界には全く意味、目的などは一切なく本質的な価値などないという思想のことです。つまり、偶然ここに生まれ、偶然会話し出会っているだけで「世の真理」は存在しないということを強調しています。
ただし、このニヒリズムを文面通りに受け取ると、「人生に意味や真理がないなら、今を楽して働かなくてもいいし、生きてさえいればいい。」という発想になると思います。しかしながら、ニーチェはこのような懐疑主義を「消極的ニヒリズム」として定義し、人生に新たな可能性を見出そうとしています。ニーチェは、この世の中に真理や意味などは存在しないことを認めた上で、人間の本質を「力への意思」と明確に定義することで、消極的ニヒリズムと対立する構図を作っています。
「力への意思」とは、人間は常に今ある状態を越えようとする性質を持っており、この性質こそ人生の価値と直結する可能性があるのではないかと私は考えています。常に今ある状態を越えようとする分野は、様々で個々人の個性が最も発揮されます。だからこそ、自分が人生で何を成し遂げたいのか、最終的に自分はどうやって死ぬのか、このような人生の問いを考え尽くした先に自分なりの目的や意味が出てくるのではないかと考えています。そのため、目的や意味は途中で変化しても全く問題なく、今自分がどう考えるのか、感情に素直に受け入れることができれば、進むべき道も見えてくるのかと考えています。
私自身も今考えている人生の目的や意味は、変わるかもしれませんが焦らずにゆっくり、ただし定期的に考えることを忘れないように日常を過ごしたいと考えております。
本日もご覧いただきまして、ありがとうございました!
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