【仙人なのか松茸か】
「コッシーさん、さすがに髪伸び過ぎじゃないですか?」
職場で、あるスタッフからそう声を掛けられた。僕はボサボサの頭をポリポリと掻きながら「髪切ったのいつだっけ?」と思い出していた。
僕は男性にしては髪が長い方で、天然パーマのクセにさらにパーマをかけては、チリチリの髪を得意げになびかせている。僕のチリチリ歴はそこそこ長く、もう何年も前からこの髪型を貫いている。スタッフたちももう見慣れていて、こうやって僕の髪に言及することは珍しかった。
「いつもと別に変わらないでしょ」
「いやいつもよりも長いというか……なんか、仙人みたいだなって(笑)」
せ、仙人!?
まさかの仙人呼ばわりに驚きを隠せず言葉を失う僕に、他のスタッフからも同様の声が上がった。
「私もこの長さは変だなーって思っていました」「かなり見苦しいよねー」「コッシーさん恥ずかしくないのかなって」
遠慮のない発言のオンパレードに、もしかして仙人は傷つかないとでも思っているのだろうか。仙人だって心はあるんだぞ!いや仙人じゃないわ。
散々な言われようのチリチリヘアーだけど、僕はこの髪型を実は結構気に入っていた。むしろこのチリチリの良さが分からない人たちはセンスがないとさえ思っていた。だから、別に人から何を言われようと平気だった。勝手に笑って入ればいい、僕はこのチリチリが好きなのだ。チリチリロン毛を愛しているのだ。
ただ”仙人”と言われたことはかなりの衝撃だった。これはきっと笑い話になるに違いないと、その日のうちに奥さんに一部始終を伝えた。これまで奥さんからは一度も髪型のことを否定されたことはなかった。一緒になって笑ってくれると思っていた。
「……ってみんな散々なことを言っててさー、さっすがに仙人はないよね(笑)」
「全然ある」
「だよね!僕は仙人みたいに髭は長くないし、それは誇張し過ぎだ……え?ある?」
「うん、むしろ仙人ってまだ優しい言い方だと思う。本当に今の髪は変だよ、いや。髪をチリチリにしてからずっと変だと思ってた」
奥さんは僕の話にクスリともせず、真剣な表情で話した。
結婚して早十数年が経つが、普段は歯に衣着せぬ発言をする奥さんだが、チリチリについては何も言うことはなかった。でもそれは奥さんなりに気を使ってくれていたようで、実際は僕のチリチリをずーっと変だと思っていたのだった。そしてこの日初めてそれをカミングアウトしたのだ。いやそこはもっと早く言うてくれよ。
センスがなかったのは周りではなく実は自分だということに気が付いた僕は、チリチリロン毛の自分の頭が急に恥ずかしくなってきた。
「いい機会だから切ったら?カッコよくなるかもしれないよ」
職場からも奥さんからも不評ならば、僕のアイデンティティでもあるこのチリチリは、もはやただのモジャモジャに成り下がってしまう(どう違うのか?)。奥さんも短い方がカッコいいと言っているし(決してカッコいいとは言ってない)、久しぶりに髪を短くしようと僕は決心をしたのだった。
早速、馴染みの美容室を予約した僕は、その数日後に”脱仙人”を目指してお店へと向かった。
担当の美容師さんとはもう10年以上の付き合いで、このチリチリヘアもその方と一緒に二人三脚で作り上げたのだった。
「職場で仙人って言われちゃって。まぁ仙人は言い過ぎだと思うけど、良い機会だから短くしようと思って」
「ははは、仙人ですか(笑)いやでもめちゃくちゃ伸びてますよ。過去一じゃないですかね?」
そう言って美容師さん僕の後ろ姿をパシャリと撮ってくれた。それがこの写真だ。
あ、これは仙人だわ。
白い布を羽織って堅そうな杖を右手に持ち、動物たちと山で平穏に暮らしてそうな仙人がそこにいた。まぁ僕のことだけど。
職場のスタッフさんのワードセンスに脱帽しつつ、僕は改めて美容師さんに髪を短くする旨を伝えた。すると美容師さんからこんな提案があった。
「急に短髪にするんじゃなくて、まずは軽めのパーマをかけたショートボブくらいにしたらどうですか?」
ショートボブがどんな髪型かイマイチ分からなかったけど、信頼する美容師さんが言うのであれば間違いないと思い、僕は美容師さんの提案通りに髪を切ることにした。
パーマをかけてもらっている間、スマホで【ショートボブ 男】と検索してショートボブの男性の画像を漁った。スマホの画面に次々とオシャレでカッコいい男性が映し出される。
僕はその画像の男子たちをウットリと眺めた。自分の顔面偏差値の低さを忘れて、このオシャレ男子の仲間入りができるんじゃないかと期待していた。
「こんな仕上がりでどうですか?」
最後のスタイリングを終えた美容師さんが僕の後ろで鏡を持ちながら、完成したヘアスタイルを見せてくれた。
……正直に言って、全くオシャレには見えなかった。いろんな角度で新ヘアスタイルを眺めたが、どこからどう見てもオシャレとは言えなかった。
僕が画像で見た男性たちは軽フワパーマのオシャレさんたちばかりだったのに、今目の前にいる”元”仙人はオシャレさんとは最も遠い位置にいるように思えた。”元”仙人にしか見えなかった。
ただ、僕はチリチリロン毛をカッコいいと思っちゃうようなセンスがない男だ。だから僕がオシャレに思えなくても、きっと周りにはオシャレに見えるに違いない!そう無理やり信じ込んで、僕は美容師さんにお礼を言ってお店を後にしたのだった。
帰宅して、すぐに奥さんに髪を見せた。
「どう?ショートボブにしてみた。似合ってるかな?」
長年僕の髪を切っている信頼する美容師さんが一生懸命カットしてくれたのだ。奥さんは絶対にオシャレって言ってくれるはずだ。
「似合うとか似合わないとか、そんなことよりも……
松茸みたいだよ(笑)」
ま、松茸ぇ--!?!?
オシャレとかオシャレじゃないとかではなく、奥さんの口から出たのは秋の味覚の王様である松茸だった。
いや松茸ってむしろ仙人が山で採ってるヤツだろ。
にわかに信じがたい奥さんの”松茸”発言だったけど、実はお店で仕上がりを確認した時から漂うキノコ感には自分で気付いていた。特に後ろから見た姿は、キノコなのかコッシーなのか分からないほどだった。もうキノコッシーと名乗って新種のキノコとして生きていくのも良いかもしれない。いや良いわけないだろ。
仙人と言われて髪を切ったのに、松茸に生まれ変わるとは、本当に人生は何が起こるか分からない。でも次に髪を切る時は、せめて松茸から人間にして欲しいと切に願う僕だった。
そんな僕の松茸姿がコチラ。
どう?見事な松茸でしょ。
おしまい