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読書だけでなぜ変われるのか
以前からよく尋ねられたこと。
「読書だけでなぜ変われるのか?」
そこに確かな答えを出せずに数年。
そもそも昔よりも生きやすくなったけれど、それが成長なのか子ども化なのかはまだはっきりしません。
昔に比べて家事は手を抜くし、後回しが多くなったし、ずいぶんだらしなくなりました。
ご近所のおばあちゃんたちよりもダサいし(笑)。
子どもが大きくなったことで、体裁を気にする必要がなくなったからかもしれません。
ただ、言えるのは、こんな時間なのに書きたくなったからPCを再起動させたり、深夜3時までネフリを見たり、回覧板持って行ってそのまま上がり込んで2時間しゃべり続けたりと、とにかくその時の衝動で生きているということ。
そしてそれが心地いいということ。
結局、子ども化したのかもしれません。明日のことは考えていませんから。
唯一子どもとの違いは、あんまり怒らないことぐらいでしょうか。衝動で行動させてもらえるのでストレスがたまらず怒る機会もありませんね。
「読書だけでなぜ変われるのか。」
それはもしかしたら子どもでいさせてもらえているからなのかもしれませんね。そして大人は、本当は子どもでいたいのかも・・・。
幼い頃読んだ絵本。
シンデレラに出てきた青いガラスの靴。
ちびくろサンボのおいしそうな黄色いホットケーキ。
長靴をはいたネコが持っていたとんがったサーベル。
一寸法師が乗っていたお椀の船。
一休さんがこっそりなめた水あめ。
幼い私は、憧れと希望とワクワクを持って読みふけりました。
それと同じように、今、私は本を読みます。
私にとって、絵本がただのおとぎ話ではなかったように、本もただの読み物ではありません。
憧れと希望とワクワクと、そして、私の人生の羅針盤として常に一緒にいてくれます。
結局、答えにはなっていませんが、私の中での本とは「立派な人になるために読む」のではなく、結果的に「子どもの自分を掘り起こすために読んでいる」ようにも思います。
子どもの頃、時間を忘れて遊んだあの黄昏色の公園。
何にも縛られずに自分を解放して生きていた泥だらけの私。
そんな自分がとても大切で懐かしい。
なのに、そんなかけがえのない子どもの頃を忘れて、一生懸命背伸びして、大人のふりをして生きてきました。
そして、この年になってようやく大人のふりが自分に合っていないと気づけました。
もっと自由に。
もっと軽やかに。
失われた子どもの頃を取り戻すように、今、自分を開放するのがとても楽しいです。
ただ、解放し過ぎて常識人とは程遠い人間になっていますが、そんな人が一人くらいいても社会の迷惑にならないと言い訳しています(笑)。
「読書だけでなぜ変われるのか。」ではなく「読書で子どもの心を取り戻したから変わったように見えてる。」が正解のようにも思います。
私は常々クライエントさんに言います。
「何者かになろうとなんてしなくていいんですよ。本来のあなたに戻ればいいだけ。本当のあなたは面白くてお茶目で、笑顔が素敵な人なのだから。」
変わろうと頑張らなくていいですね。
子どもの頃を思い出して、それを素直に表現すればいい。
ただただ衝動に任せてやりたいことをすればいい。
私はそう思います。
責任とか義務とかはちょっと横に置いて。
自分を大好きでいられるよう、世界が面白くて大好きだったあの頃を目を閉じて思い出してみる。
そうすればきっと、今を全力で楽しめるようになりますね。