#短編小説集「2/100 黒き手のジュデッカ その1」
古びた教会堂と、そこで歌われる聖歌が子守唄代わりだった。
俺の名はジュデッカ。神様を裏切った男の名が付けられている。
俺が生まれたとき、村では飢餓と疫病が流行っていた。そんな時代だからだろう。みんな誰かの目を怖がっていた気がする。
迷信を恐れる村人たちは、疫病の原因が魔女の呪いにあるとして、呪術師や異邦人の女を広場で焼いた。
呪術師、と一言に言っても、昔ながらのやり方で薬草を調合したり、治療とされる儀式を重んじてきた婆さまたちもだ。
それの何が悪いかって? 司祭さまが言うには、神の意思に反する行いだそうだ。
そんなときだった。教会近くの家に生まれた俺は、体が白く、お日様を直に浴びれば皮膚が焼けるほどの虚弱な子供だった。
放っておいても、そんなに長くは生きられなかっただろう。
忌み子と呼ばれ、人から隠された俺は、母親から乳離れすると教会に預けられた。
「この子の呪いを、どうか清めてください」
司祭さまの話では、母さんをそう言っていたらしい。呪われた身体を持つ俺は、教会に預けられ、その日から修道士たちと歌をうたっていた。
白子の小さな白髪の坊主が、爺さまたちと一緒に歌う姿は、どこか浮いていたかもしれない。しかし、そこだけが、俺がこの世で許されたただ一つの居場所だった。
そんなある日。
「ジュデッカや」
司祭さまから呼ばれた俺は、今までに入ったことのない部屋へ案内された。
「これを身に付けなさい。お前を仇なす者どもから守ってくれる」
それは光という光を寄せ付けない真っ黒な衣だった。鎖かたびらで出来ているのか、表面がざらついているようにも見える。
生き残るための寡黙をつらぬいていた俺は、会釈ひとつで、それを受け取った。
「それは魔力の込められた砂鉄だ。お前の思う通りに、いかな姿にも形を変えられる。手刀が刃になれば、身体を守る鋼鉄の鎧にも。光を屈折し、影に紛れて闇と一体となるのだ。……これからお前には、重い役目を負ってもらうが、その覚悟はあるかな?」
「……主の仰せの通りに」
司祭さまは俺の返事に満足したように、こっくり頷いた。
「よかろう。では試してみるがよい」
魔力が込められたという衣は軽く、俺は司祭のいる前で修道服を脱ぎ、それに着替えた。袖を通すと、かけられた魔法が反応したのか、黒い砂のような生地が流れるように蠢く。それはまるで生き物のようだった。
司祭さまは、いつになく真剣なまなざしで俺の目をじっと見て言った。
「これは神のご意志なのだよ。お前には、教会の剣になってもらう」
これが、忌み子と呼ばれた俺が最初にやった仕事だった。
この先にあるのは、神の裁き手となった俺が、自らを刃物の切先に変えて、異教徒どもを血の海に沈める黒い、黒い物語。