「かへりきて」 02
(承前)
一体どれだけの人が集まり、
この出征式で旗を振り、
萬歳の言葉で兵を送ったのであろうか。
歓声の中、己を叱咤し、
子を抱いて夫を見送る玉枝の高揚感が、
彼女の歌に見てとれる。
そして汽車は出発し、
出征式に集まった人々も
それぞれと散ってゆく。
「君を送り家に帰りて幾時前
ぬぎゆきし君が衣をたたむ」
「還り来て又着ます日のあれかしと
祈りつつ祈りつつ君が衣たたむ」
夫が最後に実家で過ごした夜、
夫の
「かへるとは決して思うな」
という言葉を胸に刻み、
軍人の妻として、士官の妻として
ふさわしくあろうと決心した玉枝。
出征の前夜には
「妻もなく家も子もなく天つ日の」
と詠み、
自分自身の覚悟をも詠んだ玉枝。
その彼女が、
夫を送り出した後の静寂の中で、
夫の無事の帰還を
祈らずにはいられなかった心情が
この歌には刻まれている。
※ ※ ※ ※ ※
木下恵介監督作品の中に
昭和19年に作られた
「陸軍」という国策映画がある。
この映画のクライマックスは
主人公の息子の出征式。
田中絹代演じる母親が
隊列のどこかにいる息子の姿を求め
町中を行進する出征兵士達を
追いかけてゆく。
沿道で見送る人々の
歓声と、笑顔と、
彼らが手に振る日章旗が
無数にはためく中、
必死に息子を探す母親。
やがて兵士の列の中から
息子を見つけ、
思わず声をかける。
母親に気づき、
爽やかな笑みで頷く息子に
彼女もまた笑みで見送ろうとするが
涙が溢れて、なかなか上手くいかない。
どこまでも見送ろうとする母親だが
やがて群衆の波に呑まれ、
離れ離れとなる母親と息子、
人々の歓声と
無数の旗がひらめく中、
隊列と共に去ってゆく
息子の後姿を見送りながら、
母親はいつしかそっと
手を合わせるのであった・・・
映画マニアの間では
つとに有名なシーンだが、
この映画の場面と、
野村玉枝が歌に詠んだ
夫の出征式の場面が、
私の中では
結構オーバーラップしていたりする。
歌集『雪華』が
当時のベストセラーであったことを考えると
映画『陸軍』を撮影した
木下恵介のイメージの中にも
この歌集の存在があったかも知れない。
・・・あくまで私見ではあるが・・・
いずれにせよ、
夫であれ息子であれ
大切な人を戦地に送り出す心情というのは
決して単純ではない。
天皇に召され、
誉れの軍人となった彼らを
満面の笑顔で見送り
「萬歳」を叫ぶのも本心ならば、
無事の帰りを祈りつつ
残された衣を畳むのも、
やはり本心なのだろうと思う。