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「歌手を夢見た頃」03

NHKの職員の話には
まだ続きがある。

それは、
「歌手として成功する条件」だ。

ポピュラー歌手が成功するには
自身が吹き込んだレコードを
万単位で売り上げることが必要。
徒手空拳で何とかなる話ではない。

その一方で、
歌も容姿もそこそこの
どこにでもいそうな歌手が
結構、息の長い活動をすることも
珍しくはなかったりする。

その違いは何か?

それは、
歌手を志望する者の
置かれている環境にある。

たとえば、
TV番組のスポンサー企業。

その企業の経営に連なる
者達の子女であれば
音楽事務所もTV局も
放ってはおかない。

その歌手を起用することが
スポンサー獲得に
直接繋がることになるからだ。

またスポンサー企業でなくとも
地域の有力者など
人の数を動員できる環境であれば
万単位の売り上げは
それほど難しい訳ではない。

つまり、
スタートの時点で、
既にレコードの販路を持っているか、
有力なスポンサーを持っているか、
もしくは
そうした販路やスポンサーを
自力で獲得できるだけの社交性や
それ以外の「何か」を持っているか、
それが条件となる。

歌唱力や容姿も
歌手として売っていくために
必要な要素ではあるが、
「それしか持ち合わせていない」のと
「それも持ち合わせている」では
雲泥の差があるのだ。


同じ地方で歌手を夢見て
レコードデビューまではこぎつけたが
そこから先に進むことができず
夢破れた子・・・

彼女の容姿が悪かった訳ではない。
彼女の歌が悪かった訳ではない。

しかし、
条件としてスポンサーや
強力な応援地盤を持っておらず、
それを獲得するための
社交性・・・といえば聞こえがいいが、
「手管」「技術」も持ち合わせておらず、
ただ、言われるがままに

「一生懸命、売れる歌手になるべく
 訓練を重ね、演奏に磨きをかけ、
 舞台では全身全霊で歌い続けた」

・・・それだけでは何ひとつ、
得ることはできなかったのだ。


この子がその後
どうなったのかは知らない。

彼女と家族が抱えることになった
多額の借金は返すことができたのか、
家に積み上げられた
レコードの在庫の山は
どうなったのか、
そうしたことは
何も教えてはくれなかった。

それが、
私が夢見た世界の
少なくとも70年頃における
「リアルな現実」だったのだ。


「やめときなさい。
 ああいうのは、
 テレビのこちら側で
 楽しむものなのだから。」

小学生の頃、
NHKに体当たりで相談に行き、
温厚で親切な職員の口から
告げられた言葉。

あのときの職員の人の
なんともいえない表情は
今も鮮やかに覚えている。

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