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「ぬばたまの」

ぬばたまのしじまの夜の御羽車
音なき音をとはに傳へむ


女流歌人・野村玉枝が上梓した
歌文集『御羽車』の巻頭に
彼女の師である佐々木信綱が
寄せた二首の歌のひとつ。

御羽車とはご神体や経典などを
載せて運ぶ「輿」のことだが、
ここでは特に、
靖国神社の合祀祭で
招魂された英霊を
本殿に移す際に使われる
御羽車を指す。

※確か靖国神社境内にある「遊就館」に
 御羽車の模型が展示されていたはず。

この儀式は夜に行われるため
「ぬばたまの・・」となるのだが、
「音なき音」には
夜の静けさだけでなく、
この合祀祭に招待され
英霊を見送る遺族達の
さまざまな思いも込められている。

陸軍大尉であった夫との対話や
夫が出征した後の日々、
戦死の報から靖国に祀られるまでを
歌と文章で綴った歌文集『御羽車』。

この歌文集は昭和17年に出版され、
前年に出版された歌集『雪華』と共に、
歌人・野村玉枝の名を不動のものにした。

夫の出征の前の晩、
不安の言葉を口にしながらも夫に諭され、
また、傍らに眠る幼い娘と、
お腹に宿る未だ見ぬ児の未来を託され、
夫の言葉を守り、
家を守ってゆくことを
固く心に誓い文に綴る野村玉枝・・・

その著者の姿は
軍人の妻の鑑とされ、
戦時下でありながら
この『御羽車』はベストセラーとなる。

戦後、このことは問題となり
教鞭をとっていた彼女は
戦争協力者として職を追われるが、
その後、復職を果たし、
富山の高校教師として
また郷土の歌人として
多くの人材を育ててきた。

彼女の年譜を一読しただけでも
尋常ならざる逸材であったことが
容易に推測される。

・・・現在では、
ごく一部の者にしか、
その名を知られてはいないが・・・


この『御羽車』が出版され
ベストセラーとなった翌年、
彼女の歌集『雪華』を題材にした
ひとつの歌曲集が生まれる。

それが、
平井保喜(後の平井康三郎)
作曲の歌曲集『雪華』である。

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