「椿姫」フローラ考 03
「椿姫」2幕2場、
フローラの邸宅での夜会の場面。
この場面での最大の謎は、
アルフレードの父ジェルモンの登場にある。
ヴィオレッタの心変わりに
激昂したアルフレードは、
夜会のゲストたちの面前で
「これが遊びの勘定だ」とばかり、
彼女に札束を投げつける。
これは裏社交界といえども
完全なルール違反。
そこにいた人々は一斉に
彼の振る舞いを糾弾し、
ヴィオレッタのエスコート役である
ドゥフォール男爵に至っては
彼女の名誉が傷つけられたと手袋を投げ
アルフレードに決闘を申し込む。
この緊迫した場面で、なぜか唐突に
アルフレードの父ジェルモンが舞台に登場し
「ここにいるのは私の息子ではない」と、
父もアルフレードの行いを激しく非難するのだ。
しかし、
田舎から出てきたばかりの
アルフレードの父親は、
なぜこうも都合良く
フローラの夜会に
顔を出していたのだろうか?
こうした夜会では
あらかじめ招待される客が決まっており、
部外の者や一見の客などは
そう簡単に出入りすることはできない。
それがたとえ
アルフレードの父親であったとしても、
夜会のホスト役であるフローラの許可なく
もぐり込むことは出来なかったはずなのだ。
・・・これを
「オペラならではのご都合主義」
と断じるのは、至極簡単な事。
だが逆に
「一見、荒唐無稽に見えても、
そこに一本の筋(理)はある」
という視点に立つと、
違った景色が見えてきたりする。
つまり、
ジェルモンがフローラの夜会に来ることは
アルフレードとヴィオレッタの間で起きた
全ての事情を知るフローラ自身によって
既に了承済みであったのだ。
※ ※ ※ ※ ※
おそらくフローラは、
ヴィオレッタがアルフレードと別れる事には
賛成していたのだろう。
アルフレードは決して金持ちではなく、
この世界における「レオン」ですらない。
片やヴィオレッタは
この裏社交界でも飛び抜けた評判を持つ女性であり、
それは「事業周旋屋」であるフローラにとって
ビジネス上、手放し難い
最高級の商品だったりするのだ。
ヴィオレッタがアルフレードに熱を上げ
高級娼婦の地位と金を投げ打って田舎に隠遁したのを
フローラは止めることが出来なかった。
しかし、その二人が別れ
ヴィオレッタが再びこの世界に戻ってくるというのだ。
周旋屋の彼女がヴィオレッタの復帰を喜び、
そのための協力を惜しまなかったであろうことは
想像に難くない。
アルフレードという存在は
ヴィオレッタにとって「かけがいのない男」であっても、
フローラにしてみれば
「大して金も持っていない田舎者」
「金の卵を産む鶏を只の雌鶏にしてしまった男」
でしかなかったのだろう。
フローラ自身が主催する夜会の場で
アルフレードとヴィオレッタ+男爵を
わざと鉢合わせさせたことにも、
その場にアルフレードの父ジェルモンを
あえて招き入れたことにも、
アルフレードに対するフローラの意志を
はっきりと読み取ることができる。
「若さと情熱以外の
何も持たないアルフレード坊や、
あなたはヴィオレッタにも、
この社交界にもそぐわない。
あなたの父親も、息子の事を心配して
ここまで来てくれているのだ。
黙って父と一緒に、田舎に帰りなさい。」
※ ※ ※ ※ ※
フローラ像を追っていくと、
この享楽の裏社交界の中で
逞しく生き抜いていこうとする女性の
「生気」を強く感じる。
また、
こうした「生のオーラ」の強い人達が
周りに配置されているからこそ、
ヴィオレッタの「脆さ」が
際立ってくるのではないだろうか。