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「舞台」

イタリアの地方を
巡業していた頃の話。

戦後に新しくできた町はともかく
古くから栄えてきた町には
小さいながらもオペラ劇場がある。

オペラ劇場といっても
大抵はこじんまりとした劇場で
舞台も小さかったりするのだが、
それでもしっかり
オペラ用の傾斜舞台になっているし、
ホールの形も馬蹄形だったりする。

舞台の一番奥には
絵が描かれた幕が何枚も吊ってあり、
舞台袖の滑車紐を動かすことで
「田園風景」や「あずま屋の中」、
「宮廷の大広間」、「城の中庭」
「物陰に暗殺者が潜んでいそうな夜の街角」など
色々な背景が現われてくる。

これらは、歌舞伎小屋でいう
「書き割り」「遠見」と同じもの。

ただし歌舞伎小屋のように
「板に絵が描かれたもの」ではなく
「布に描かれたもの」という違いはあるが。

これがあれば、
あとは机や椅子、暖炉や噴水など
ちょっとした物さえあれば
オペラの場面が出来るという仕組みだ。

こういう可動の背景幕がある程度
劇場の備品として用意されているのが
昔ながらの劇場の良いところだったりする。

オペラを興行する側にしてみたら、
劇場備品の背景幕が使えるのであれば
上演する事の敷居が随分と低くなるのだ。

舞台芸能の中でも歴史の古いを持つ
「コメディア・デラルテ」などは、
もともとが移動演劇として
地方の町や村を興行していたので、
どんな規模の劇場であっても、
また屋内・屋外のいずれでも興行できるように
「最小限のスペースで演劇を楽しめる背景幕」
を劇団ごとに持っていたりする。

これなどは、
高さといっても3m程度、
幅も数軒分の幅しかなく、
日本でいうと
結婚式場に飾ってある
金屏風みたいなものだが、
これがあるとないとでは、
客席から見た舞台の印象が
がらりと変わるのが面白い。

そこにあるのは、おそらく
「異空間」であり、
「日常とは異なる場所」であり、
此岸と彼岸を分ける「境界」として
幕が役割を担っているのだろう。

※ ※ ※ ※ ※

傾斜舞台というのは、
その上で動いている身にしてみれば
なかなかに注意を要するものであるのだが、
舞台の奥に位置していても
歌うことの妨げにはならず、
客席からも
「奥行きのある人物配置」
が見えるというメリットがある。

こういう舞台で演じた時は、
演出上、舞台の奥で歌う事になっても
何の不安も感じる事はなかったな。

日本にホール・劇場は数あるが、
最初から傾斜舞台を設けている劇場は
まず見当たらない。

そのせいか、
それとも歌手の習い性ゆえか、
皆、やたらと
「舞台中央、できるだけ前の位置」
で歌いたがる傾向がある。

「少しでも声がホール全体に響きやすいように」
・・・と考えたりしているのだろうか?

前に出たからといって
良く響くとは限らないのだが・・・

(写真は背景幕のかけられたキエティ歌劇場。93年撮影)

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