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【エッセイ】やっと指輪を手放す気になった話。
やっと指輪を手放した。
といっても全てではないが。
昨日まで、自分の手元には4つの指輪があった。
結婚指輪が2本、婚約指輪が1本、付き合っているときに相手にプレゼントした、太陽系の惑星があしらわれた1本。
離婚した時に相手が置いていったものだ。
正直、置いていかれても困る、と思っていたが、相手も持っているわけにはいかなかっただろうから仕方がない。
離婚してからしばらくは結婚指輪が外せず、相手の指輪も手がつけられなかった。
いっそのこと、相手の指輪3本を額に入れて飾ってしまおうかとも思ったが、流石にやめておいた。
二人で住んでいた部屋も引き払えなかった。
休職中で気持ちに余裕がなく、環境を変えたくないからという理由で先延ばしにしていた。
今思えば、思い出を美化するために指輪も部屋も手元に残しておきたかったのかもしれない。
もしくは考えたくなくて放置してしまっていたのかもしれない。
まあその両方なのだろう。
自分の性質的に、形から入ったり見栄を張ったりするところがある。
そうやって手に入れたものを、気に入って買ったものだから、また使う時が来るかもしれないから、と、今度は手放せなくなってしまう。
もちろん、捨てずにおいて良かった、ということはあるけれど、整理整頓が苦手な自分では物が増える一方だ。
心がときめいたから手に入れた。
今はときめかなくなってしまった。
だから手放す。
でいいのかもしれない。
それは雑に扱う、ということではなくて。
ときめいた気持ちも、ときめかなくなった気持ちも、どちらも自分の気持ちとして大事にしてあげられれば、それでいいのかも。
あとは「こうすれば良かったな」という反省。
例えるなら、大事な友人と、頻繁に会うことが重要なのではなくて、離れて暮らしていても、たまに思い出して連絡を取ればそれで十分だったりするような。
もちろん、ずっと一緒にいられれば本当に素敵なことだけれど、別々の道に進むタイミングがあってもいいのかもしれない。
最近になって、指輪を処分しようかな、いい加減引っ越そうかな、という気持ちになった。
相手の結婚指輪と婚約指輪を売却したがブランド物でないので大した金額にはならなかった。
離婚するのも紙一枚で終わり、約束のための指輪も処分してしまい、
当時あれだけ悩んだり落ち込んだりしていたことが、過ぎ去ってしまうとこんなものだったのか、と少し笑ってしまう。
気持ちの整理がついた、ということかもしれない。
もう1本の指輪はハンドメイド作品なので、フリマアプリで買ってくれる人を探すつもり。
自分の結婚指輪はまだ外せないでいる。
外せない、という気持ちも自分の気持ち、ということにして、もうしばらく大事に抱えて行こうと思う。
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何でもあって何にも無い部屋
何でもあるように見えて本当に必要なものは何にもない、みたいな、あってもなくても困らないつぶやきを集めました。暇つぶしにどうぞ。
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