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「空気」のパワー

7月から9月末まで、15年ぶりに日本で仕事をしていた。
こちらから申し出て、日本オフィスのひとたちが、日本の思考の壁を破るお手伝いをしにいった。

私が覚えている日本は、「オンナノコはその給料で仕事してくれてればいいから」とか「担当は男性に戻してください」とか、そんな言葉を聞くことが多いところだった。
外資で働くようになっても、どこかで、「オンナの、しかも年下の上司か」とかそんな「空気」があるところだった。

それでも今回お手伝いを申し出たのは、いいかげん、多国籍企業でやってきた経験や知見そのものがモノをいうようになったんじゃないかという期待があったこと。
そして、今の会社のひとびとが、昔の同僚とは違う感じがしたからだった。

グローバルな視点を持つ必要があるのはわかっているんです。
でも、どうやって変わっていったらいいのか。
そもそもグローバルなオペレーションって、どんなことなのかもわからないんです。

そう素直にいえるというのは、すごいことだ。

かつて仕事をしてきたひとたちで、自分が知らないことをしらないと認められるひとの、なんと少なかったことか。
そして、助けを求めることができるということも。

だから、自分になにか貢献できることがあるのならと思った。

なにが、ざわざわするんだろう。

15年ぶりに思い出したものすごい湿気と、強烈な日差しのなか、日本の人事が手配してくれたマンスリーマンションから通うようになって数週間後。
毎朝、自分の違和感の理由を考えるようになっていった。

そして、あるときふと気がついた。
「意思決定者」がいないからだということに。

「エライひと」はいる。
課長とか、部長とか、役員とかいう役職名のひとたちは。
でも、最終決定というときには、会議室を見渡して「じゃあ、みなさんこれでいいですか」と、のたまう。

いや、それって、あなたの責任じゃ…。
専門性をもつ出席者からのインプットをきき、
費用対効果や、ビジネスインパクトを勘案し。
でも、最終的にサインオフというか、血判を押すというか、なんかあったらその判断はオレが責任を取る、という感じでGOサインを出すからこそ、
あなたの給料は高いのでは?

いろんな部門の「エライひと」と話をしたけれど、
みんなインプットは欲しがるくせに、
誰も「じゃあこういうアクションを取ろう。僕の、私の、責任で」とはいってくれない。

ざわざわというか、
もぞもぞというか。
それがどうにも落ち着かなかった。

あ、あれだ。
リーガルハイで、古美門がいってた「空気」。

2013年の「リーガル・ハイ」スペシャル版を思い出した。

『リーガル・ハイ』(英語: LEGAL HIGH)は、日本の連続ドラマ・単発ドラマ。古沢良太脚本によるオリジナル作品。第2期以降の正式タイトルは「・」が入らない『リーガルハイ』。
2012年からフジテレビ系で放送された。
訴訟で一度も負けたことがない堺雅人演じる敏腕弁護士・古美門研介(こみかど けんすけ)と、新垣結衣演じる真面目で正義感の強い新米弁護士・黛真知子(まゆずみ まちこ)の2人が繰り広げるコメディタッチの法廷ドラマ。

リーガル・ハイ (Wikipedia)

スペシャル版は、榮倉奈々が演じる中学教師がメインゲスト。彼女が担任を勤める学校でのいじめ騒動が主ストーリーだ。

その最終口頭弁論で、堺雅人が演じる主人公の古美門が朗々と語る。

そもそもいじめの正体とは何でしょう。
加害者生徒、教師、学校。いえ、そのどれもが本質ではありません。
その正体はもっと恐ろしいものです。

それは教室だけでなく、職員室にも、会社にも、家庭にも、この国のあらゆるところに存在します。
我々は常に周りの顔色を伺い、流れに乗ることを強いられる。
多数派は常に正義であり、異を唱える者は排除される。

いじめの正体とは空気です。

特に右から左、左から右へと全員で移動するこの国では、空気という魔物が持つ力は実に強大です。
この敵の前では、法ですら無力かもしれません。
すべてを飲み込み巨大化する恐ろしい怪物。
立ち向かうどころか逃げることさえ困難な相手です。
あるいは藤井先生も、いや加害者である青山くんたちでさえこの怪物に飲み込まれた犠牲者なのでしょう。

しかし今回、わたしは奇跡を見ました。
飲み込まれていたものたちが怪物の腹を切り裂き敢然と立ち上がったのです。
和彦くん、藤井先生、そして2年C組34名の生徒達。
どれほどの勇気が、どれほどの覚悟が必要だったことでしょう。
しかし彼らは確かに目覚め自分たちの意志で空気を打ち破った。
私は彼らの姿に希望を見、そして自らを恥じました。
世界は常に前へ進んでいるのだと気付かされたのです。
敢えて申し上げます。この世界からいじめをなくすことはできます。
この裁判をその第一歩にしましょう。終わります。

「リーガル・ハイ」スペシャルドラマ(2013年)脚本:古沢良太

ちなみに、あくまでコメディのこのドラマ。
この素晴らしい最終弁論に感動してはいけない。

古美門は、勝つために手段を選ばない弁護士である。
このエピソードの最後には「いじめなんかなくなるわけないだろバーカ」と言っており、この終弁論は、あくまで勝つための「綺麗事」。

古美門法律事務所の事務員の服部さんが、女子中学生の文体を真似して

「私はいじめだったと思う!!誰か一緒に証言しない(*´ω`*)??」
「さんせー!私も証言するするーっっ!」

というメモを書き、それを古美門のスパイである蘭丸が、こっそり廊下から、寝ている生徒にメモを渡し、クラス内に回覧させていたのだ。

つまり。

「いじめは存在したと証言しよう」という「空気」をつくりあげ、
生徒たちが思考することなくそのままそれに乗って証言をするよう仕掛けることで、
「空気を打ち破った」
という感動ドラマを演出した、というオチ。

それを思い出したのだ。

誰が、は見えない。
でも、全体はある。

キッカケははっきりしない。
でも、そんな感じという空気はある。

課長でも、部長でも、執行役員でも決断はしない?
何となくの会議室の空気で「OK」と決断がおり、議事録が書かれる?

「その判断をする会議体を定義してください」とリクエストされたのだけれど、いやいや、それはどの役職が最終的に決断します、じゃないの?

おりしも。
日本を去る直前に、岸田首相が退陣を表明した。

首相が変わっても。
政権政党が変わっても。

それでも、この国の方針が、アメリカやイギリスのように大きく舵を切り替えないのは、本当の決断をしているのが「首相」でも「政権政党」でもないから。

恐ろしいほど時間を守るはずの、日本の新幹線が、すっかり遅れがちになっていた。
観察するに、「空気」を読めない観光客たちが、
駅に着く前に網棚から荷物を下ろしてドアにむかっておくこともなく。
発車ベルがなってもだらだら乗り込み続けるから、に、私には見えた。

そうなのだ。
日本の鉄道が定刻で走れるのは、運転手のおかげじゃない。
乗客が、ある程度まで乗り込んだと思ったら、それ以上は無理して乗り込もうとせず。
また、
決まった停車時間でちゃんと降り終えて遅延させることないようにと
みんなで「空気」を読んで準備をしたり、降りられる隙間を作るからなのだ。

空気が決めるほうがいいのか。
空気じゃなくリーダーが仕切るのがいいのか。

ふうむ。
なんだかわからなくなってきた。


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ころのすけ
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