地味なオムレツ
チャーーーーーーーッ。
熱くなっていたフライパンに卵液を流し込んだ瞬間、高めの音が鳴る。
♢
子供のころ、6時になると1階にある食堂へ降りていき、姉と二人で夕飯の支度を手伝うのが決まりだった。
中学に上がったあとは、電車通学なことを言い訳に、このお手伝いを避けるよう、わざと6時過ぎまで帰らなかったりしたけれど、小学校の時には当たり前のようにとらえていた。
「今日はなあに?」
姉と二人、腕をまくってシンクの前に立つ母に話しかける。
とはいっても、長い時間がかかるメニュー(もつ煮込みやシチュー)は、お店が忙しくない時間にとっくに母が準備していた。
だから、今思い返してみたら、私たちがやっていたのは、お皿に盛りつけたり、テーブルにお茶碗を並べたり、おしんこを切ったりと、簡単なものばかりだったかもしれない。
そんななか、オムレツの日は、私と姉が交代でガス台の前に立てる日だった。
炒めた玉ねぎと豚ひき肉が入った卵液を流して、半分に折って。
千切りにしたキャベツと柵切りのトマトを分けた皿に載せる。
一番難しいのは、卵液を6等分にして同じくらいの大きさにオムレツを仕上げることだった。
「これ、わたしが焼いたやつだよ」
食卓にそろった祖母や祖父に自慢げにいいながら。
褒めて、ほめてと思いながら。
でも、夕飯のメニューとしてはオムレツは、あんまり好きじゃなかった。
なんか地味だったし、唐揚げや生姜焼きに比べたら、ちょっと華やかさに欠けていた。
♢
「ふふふ、あれはね、たいてい少しお金が厳しい時のメニューだったのよねえ」
いつの帰省時だったか。
朝の散歩をしながら、母が笑いながら告白してくれた。
すごく地味でつまらないメニューと思っていたあの醤油味のオムレツを、ロンドンのキッチンで、最近なぜだか恋しくなってよく作っているんだよという話をした時だった。
そう。
あんなに輝かないメニューと見下していたというのに。
不思議だけれど、醤油味のオムレツと白いご飯のコンビネーションは、なぜか私にほっこりパワーをくれる組み合わせになっていた。
「へえ、そうなんだ。お母さんもさ、あれ作るときは、なんかつまんない冴えないメニューにしちゃったなあって思ってたのよね。ははははは」
坂道を下りながら、二人で笑った。