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染めない自由

中学生のころ。マルイやパルコが全盛を極め、デザイナーズキャラクターブランドが大流行だった。
ビバユーにアツキオオニシ、メルローズ。
いまじゃ忘却の彼方にいってしまったブランド名だけれど、オリーブやアンアンを読んでは憧れを募らせていた。

そんなころ、雑誌によくでてくるデザイナーが稲葉賀恵さんだった。
彼女が関わるBIGIもヨシエイナバも「おねえさん」すぎて手がでなかったけれど、さっぱりとまとめた髪が白髪交じりで、シンプルに真っ黒な洋服に身を包んだキリッとしたその姿と、カッコいいコメントがいつも印象的だった。

素敵なオトナってこういう姿なんじゃないかな。



とはいえ、いざ自分に白髪がでてきたとき。
それは、30代半ば。
染めないというのもなんだかおかしな気がして。

ヘアマニキュアからはじまった毛染めの儀式は、やがて、白髪染めになった。

金髪、赤毛、栗色、黒髪…。
私がいま暮らすこの街では、むしろ、髪の毛の色がちがうことが当たり前だ。
最近では、日本にかえったときに、駅の階段を下りていると、目の前に広がる似通った髪色の海に、逆に非日常感すら抱いてしまう。

金髪をピンク色にしたり、赤毛を金髪にしたり、栗色を黒髪にしたり、そこからさらにみな違う色へと染めている。

だから、ここに住んでいるなら、白髪まじりの黒髪をそんなに恐れることもないんじゃないかと思いだしたのは5-6年前のこと。

けれど、
日本人の美容師さんは、ロンドンでも、日本でも、

「いやいや、まだちょっと早いと思いますよ。黒髪の割合のほうが高いんだし」

と、私をひきとめた。

そんななか、コロナがやってきた。
在宅勤務100%どころか、買い物と一日一回の運動以外、外出が禁止されるような状況になったとき、

そうだ、白髪染め、やめよう。

思い切りがうまれた。

私の母は肌が弱く、なんにでもかぶれるような体質で、香料の入ったものは身に着けることがなかった。
シャンプーも化粧水も口紅も、とにかく肌に負担がかからないということが一番の条件。
とうぜん毛染めなどもってのほかで、一切白髪染めのステップを経ないまま、普通に歳をとっていった。

そんな母の体質に、年を追うごとに、自分が似てくることを感じていた。
疲れやストレスがたまると帯状疱疹がでたり、脂漏性皮膚炎になったりしていたし、白髪染めを浸透させる時間、頭皮がぴりぴりすることも多かった。

そうだよ。やめちゃえ。
もしもあまりにひどいルックスだったら、また染めればいい。
こんなきっかけでもなかったら、染めかけ、伸びかけの変なヘアスタイルが耐えられず、このまま永遠に80過ぎても髪を染めている悲しいおばあちゃんになっちゃうじゃん。

そう思った。

いつもの美容院では反対されるから、と、ワーキングホリデーで出張美容師をしている若い女性にお願いした。
毛染めされた部分を中心にバッサリ髪を切ってもらったあとの鏡の中の自分は、思っていたよりも恐ろしくなんかなかったし、ごく普通の、年相応のおばさんだった。

「ああ、まるでメッシュ入れたみたいだし、すごく素敵!私もロックダウンの嫌なとこばっかり気にしてないで、それを利用して白髪切り替えすればよかったわ!」

ウェールズ人にはめずらしい深い黒髪をもつトレーシーは、自分の生え際の白髪を指しながら、そういった。

どうかなといっていたロンドンの日本人の友達も、

「白髪の生えてる位置もよかったよね。意図的みたいでイイ感じじゃない」

といってくれた。

だから、LinkedInのプロフィール写真もさしかえた。
これまでの経験をつづった履歴書に、自分の白髪交じりの写真はしっくりなじんでいると思った。

"I wish you a very happy and prosperous new year 2022 to you and your family. (あなたとご家族にとって2022年が幸せで豊かなものでありますように)"

そう新年のメッセージが、かつてプロジェクトチームにいたインド人のメンバーからLinkedInに届いたのは、つい先週のことだ。
アジェイは、朴訥に実直に頼まれたデータ管理などをしているプロジェクトのジュニアメンバーだったが、その後アメリカでの仕事をみつけ移住していた。
一緒に仕事をしているときも、インドのお菓子を大量にプレゼントしてくれたりと慕われていたが、アメリカに行った後も、おりにつけメッセージが届いていた。
これもそのひとつだろう、と読み進んだ私は、頭をなぐられたような気がした。

"If you don't mind, can I say something?  Could you please change photo in Linkedin! Why depression so very early.  I never seen white color of your hair.(恐縮なのですが、ひとこと言ってもいいですか?Linkedinの写真を替えてもらえませんか?どうしてこんなに早く意気消沈するのです?)"

引用したとおり、もともと、アジェイは英語があまりうまくない。
そして、それ以上に、うっかり失言が多い。
それは承知していたが、まさかこんな直球のメッセージが続くとは!

あまりにダイレクトすぎて、思わず笑ってしまった。

と、同時に「political correctness (特定のグループに不快感や不利益を与えないように深慮されたことばや対応)」に厳しいアメリカで、こんな調子でアジェイが同僚に話しているのだとしたら、と心配にもなった。

いや、正直に云えば、ちょっとお灸も据えたかった。

だから、時間をかけて、

メッセージは私をとても嫌な気持ちにしたこと。
たとえ言葉の壁があるとしても、いや、あるからこそ、メッセージを書く時にはもっと注意すること。
私に謝る必要はないけれど、こんなことを、だれも大人には注意しないからこそ、きっといろんな場所で知らないうちに損をしているはずだから、よく考えなさい。

と、できるだけシンプルな英語で返信した。

もちろん、アジェイからはすぐに平謝りの返事がきた。

けれど、このやり取りは、やっぱり世の中ってそう思うんだろうなという、「予想していたとはいえ、なんだかさみしい」現実を私に突きつけた。

ジョージクルーニーの白髪あたまはカッコイイと捉えられるのに。
どうして、女性の白髪はだめなんだろう。

とはいえ。
あの日、アンアンでみた稲葉賀恵さんをカッコイイと思った自分の価値観を信じて。
あのキリッとした姿をめざして。

歳をとっていこう。

日本社会にまん延する「若さに価値がある」という意識を何とか変えたい。年齢を重ねたからこその美しさがあると思うのです。それを女性に知ってほしい。だから私も健康で、女性を美しく見せる洋服を作り続けたいと思っています。

「病、それから」稲葉賀恵さん 年重ねる美しさ伝えたい
地方紙と共同通信のよんななニュース
2018.12.25

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