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空を見ろ! 赤いヘリコプターだ!

  近所のホームセンターへ向かって、歩いている時だ。
上空からヘリコプターの音がした。見上げると青空の中、赤いヘリコプターが飛んでいる。
「赤が映えるなあ」

 東京消防庁の救助ヘリだ。おそらく三鷹の杏林病院向かうのだろう。この辺りでヘリポートのある病院はそこだけだ。

 赤いヘリコプターを見ると思いだすことがあった。
2013年5月、御岳山(青梅市)から救助ヘリで娘2が運ばれて来た。
病院に向かって飛ぶ赤いヘリコプター。
連絡受けて病院へ向かう妻は、自転車に乗りながらその赤いヘリコプターを見つめていた。その時も空は青空だった。

*(私の子供達、息子(長男)、娘1(姉)、娘2(末っ子))

1型糖尿病
 さて時代は更に遡り2010年6月。
娘2が小学6年生の時、春の健康診断後の再検査、そこで突然医者の指示で緊急入院した。
「非常に悪い状態です」
医師が深刻そうな顔をして、娘2が1型糖尿病だという。

 「残念ですが、この病気は治療方法が現時点でありません」と言葉が続く。そして生き残るための対処療法として、
「合成インスリンを一生、投与する必要があります」と聞かされた。
この時、娘の将来を思い描き、目の前が真っ暗になる。

 1型糖尿病とは膵臓がインスリンを突然供給しなくなる病気だ。色々研究はされているがまだ生態間移植以外の治療法はない。

 1型糖尿病にたいして間違った認識を持つ人が多いので少し説明する。
1型糖尿病は生活習慣とは無関係の自己免疫性疾患が原因とされる病気だ。主に自己免疫学的機序により、膵臓にあるインスリンを分泌するβ(ベータ)細胞が破壊され、インスリンが出なくってしまう病気だ。

 まだ原因は特定されてない。要因は幾つかあり、娘2は風邪のウイルス感染がトリガーになったようだ。誰にも発病の可能性はある。

 この病気は統計的に、乳児から10代までの思春期前の女子に発病が多い。日本では10万人に1人程度の発症率だと言う。
世界的にみると東欧、北欧で患者が多く、日本の100倍くらい患者がいる。それ故に毎日注射する必要がある合成インスリンの製薬会社は全て東欧にある。

 食事をする度に糖分を体に取り組むため、1型糖尿病患者はインスリンを投与しないといけない。そうしなと高血糖となり合併症を併発させる。
方法は皮下注射だ。食事度に打つので、最低でも一日3回は打つことになる。

 このインスリン投与だがそれほど安全ではない。摂った糖分を素早く計算して、その糖分を処理するだけのインスリンを計算して投与する。
この際、危険なのはインスリンの量で、多く打ちすぎすぎると必要以上に糖を分解して、低血糖症を招く。最悪の場合、脳の細胞が破壊される。

 運動で言えばハンガーノック状態だ。私の趣味のトライアスロンや自転車ロードレース中、食料補給を失敗すると、低血糖になり脳に酸素が行かなくなり、意識が遠のくこともある。

 また、インスリンを打たないと、血糖値は上がり放しになり、血液はドロドロとなり、心臓、目、各種臓器に負担をかけて、心筋梗塞などの大血管障害や、糖尿病性腎症、糖尿病性網膜症などの合併症を引き起こす。

 この対処療法、自分に合った血糖値コントロールだが、これを身につけるのは大変だ。まず正確に血糖値を測定しないといけない。そして適切にインスリン注射を実施していく。

 最近は血糖値を常時モニターして、クラウド経由でスマホで確認できるシステムがある。この医療機器は便利だが、使用料は2ヶ月で保険適用でも2万円程度する。

 一方、血糖値さえコントロールされていれば、健常者と変わらない生活が可能だ。スポーツでも何でも出来る。1型糖尿病の選手だけの自転車プロチームもあるくらいだ。

低血糖デビュー
 娘2は2011年に姉も通う地元の中高一貫の女子校に入学した。そこでの初めての体育際が5月の晴天の下で行われた。私と妻は見学に行く。
「普通の中学生になれてよかった」そんな思いだった。条件なく引き受けてくれた中高一貫の女子校に感謝した。

 開会式が始まって、校長の挨拶を聞いているときだ。娘2の体がフラフラしだした。
妻は「やばいかも」と言うのと同時に娘2は倒れた。
周りが大騒ぎになり、男の先生が娘2を担いで走る。

 通常この場合、貧血だと思うが、これは低血糖だ。まだ状況を知らない先生も多いので妻はダッシュで保健室へ向かった。その後、カルピスウオーター1パックで回復し、娘2は競技に復活した。このおかげで、先生方には娘2の病気が浸透した。

低血糖の恐怖
 中2となり学校生活がなれてきた2012年7月、夏休みに入り、娘2は高校2年の姉が付き添い、御茶ノ水にある大学病院へ定期検診に行った。
そこで事件が起きた。

 御茶ノ水の駅で、付き添っていた姉(娘1)が娘2の姿を見失った。
どこに行ったのだろうと探している最中。電車が緊急停車した。人がホームに落ちたとのアナウンス。
「まさか」
姉は嫌な予感がしたそうだ。
そのまさかだったのだ。娘2は低血糖症を起こし意識を失い駅のホームから落ちたのだった。

 平日、仕事をしていた私に姉から携帯へ電話があり、妹が線路に落ちて、救急車で大学病院に運び込まれたと言う。
気が動転した。
良かったことは通院していた大学病院へ運び込まれたことだ。病院での処置が速かったので、大事に至らず意識を取り戻した。

 「怪我したのか?」と私。
「大丈夫、たいしたことない、手の平を火傷して、皮がむけている。警察が保護したのと未成年なので、保護者を呼んでと言われた」
「わかった」 
 
 私は直ぐに、大学病院へ向かった。実は事務所から病院までは3キロ程度だ。
庶務の女の子に事情を話したにもかかわらず、「直帰ですか?」と訊かれ、
私はイラっとするが、とりあえず病院まで真夏の午後3時、3Kmを走る。

 私はトライアスリートなので、真夏のランニングで熱中症になることはない。電話をしてきた妻は「何故、タクシーを使わないの?」と怒られた。

 汗だくで小児科に着くと、一目でそれだとわかる警官に挨拶して、事情聴取を受ける。小児科の待合室で、いきなり私の目の前に警察バッジを見せてくるデリカシーの欠如した警官。

 「こういう者です」一斉に待合室の小さな子供を連れた母親達の目が私に向く。
私も運転免許証を提示し身分を証明する。
「怪しいものではありません、変質者でもありません」と笑顔を作る。

 事情聴取は、バンド仲間(現在も)でもあった小児科長の先生に話をしてもらい丸く収まり、警官にはお引取り願った。

火傷を負う
 低血糖は点滴で回復した娘2。
唯一の怪我は、夏の太陽で高熱になった線路、そこに触れた手のひらの火傷だけだった。

 「これ、どうにもならないから、切るから」と女医さんが、汚れの取れない手の皮をはさみで切り始めた。
「止めてくれ、痛い」と、娘2の叫び声が聞こえてきた。
「腕を抑えて!」看護士に女医さんが言う。
「痛い、止めてくれー」
「なに喚いての」と姉があきれ顔で言う。高校2年の姉にとってはとんだ災難だった。

 手のひらのほとんどの皮が剥けていた火傷も、最新医療は素晴らしく、1ヵ月後、綺麗に後も残らず治った。若さゆえに素晴らしい回復力だ。
事故の恐怖とか心の傷も本人の意識がなかったので、ほとんどなく、その後インスリンの種類を変更した。

駅員さん達の凄さ
 娘2は線路に落ちたときに財布を紛失した。娘2が駅に連絡すると、財布は駅員さんが保管していてくれた。
娘達は後日、財布を取りに行く。手土産も持参して駅員さんには「お礼」をする。

 JRの駅員さんは、数々の修羅場を経験、対応しているので、こんな時も処理は適切だった。下手したら娘2は命を落としている。
「本当に有り難うございます」

2013年5月某日
 娘1,2が通っている中高一貫の女子校、この学校は先生の趣味か、校外授業で登山が多い。この日も都下の御岳山を登っていた。
捕食もなく登山を続けていた娘2はやや低血糖気味となり、気持ち悪くなる。

 周りの友達は娘2のこのような状況に慣れているので、ジュースなどを飲ませてくれるのだが、その時たまたま友達達は先を歩いおり、後から来た先生が慌てた、山の中という状況もあり、救急ヘリを呼んでしまった。

 ヘリが来るころ、補給食も摂り、意識も確り戻っていたが、取りあえず大事を取って、空中ロープでつり上げられ、ヘリコプターに収容された。

赤いヘリを見る
 自転車を漕ぎ、病院へ急ぐ妻、頭上にヘリコプターの音がする。
見上げると青空中、赤いヘリコプターが飛んでいった。
「早いなぁ」空に渋滞はないようだ。

「娘2にとって、人生とは普通に生きること、それが一番の幸せだ」

オマケ 
自転車バトル

 娘2が大学生の頃、街中で自転車に乗っていた時だ。
娘は車道を走るので信号で度々止まる。

 信号で止まっていると、後ろから、猛スピードでママチャリにのって追いついてきたおばさんがいた。
「あなた、はやいのね」と娘2に話かける。
「はい」と一応答える。中高時代運動部、大学も体育大学なので、条件反射だ。

 信号がかわり、スタートする。
乗っている自転車は過去、私が通勤に使っていたマウンテンバイクだが、レース用のマウンテンバイクを街乗り用に改造したもので、見た目より軽いし速い。

 次の信号で止まると、そのおばさんも愛車のママチャリで食らいついてきた。
「あなたの自転車はアシストなの?」とまた話かけてきた。
「いえ、違います」

 また信号が変わり、娘2はスタートする。
そして信号で止まる。
また追いついて来たおばちゃん、今度はかなり、息が上がっている。
「あなた、自転車の選手なの」
「いえ、違います」
娘2、流石に今度は本気で踏み込んで、おばちゃんをぶち切った。

 娘2が家でその話をすると妻が言う。
「そのおばちゃん、マラソンかなんかやっていて、こんなお嬢ちゃんに負けたくないと思ったのでしょう?」
我が家は皆アスリートなのだが、筋肉質でもなく、体も小さいし、顔は丸顔なので、全く選手オーラーがない。
だから、このような事はよくある。

 娘2も3才の頃からマウンテンバイクレースに出ているし、中高と自転車通学なので、それなりに走る。


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