農園型障がい者雇用について
こんにちは。雇用支援員のサイトウです。
今回から肩書を雇用支援員に変えました。employmentは本来「就労」ではなく「雇用」と訳されること、また雇用されない仕事という特殊な概念(就Bなど)への支援はわたしの仕事ではないと感じているためです。
さて今回は、今更感はありますが数年前に話題となった農園型障がい者雇用について考えてみたいと思います。農園型障がい者雇用は、雇用の形態は取っているものの、それが果たして仕事といえるのか、わたしの中にそんな疑問があるためです。
よろしければ最後までお読みください。
農園型障がい者雇用とは
まずは農園型障がい者雇用について簡単に説明します。
企業には、法定雇用率というものが定められています。障害者雇用促進法では、第三十七条にて以下の記載があります。
従業員の規模に応じて企業が障がい者を雇用する必要があります。これが法定雇用率です。
令和6年度は民間企業で法定雇用率2.5%、40人以上従業員を雇用している企業は1人の障がい者を雇う必要があります。
ちなみに法定雇用率は以下のように計算されます。
農園型障がい者雇用とは、この法定雇用率を満たすことのできない企業がすすんで取り入れている新しい雇用の仕方です。
「農園型障がい者雇用支援サービスの⼿引き」というHPによると、定義は以下のようになります。
雇用するのはあくまで企業、農園型障がい者雇用サービスを提供する事業者は、場所を企業に貸し出し、そこで障がい者が働くというものです。サービスには農園職員による職業指導や支援も含まれており、企業は安定的な雇用率の確保が期待でき、またサービス実施事業者はレンタル料を受け取ることができるため人気のようです。
批判的な論者からは「代行ビジネス」「外注ビジネス」などと呼ばれます。わたしは数年前に開催された就労支援フォーラムに参加した際、はじめてこのサービスを知りました。このフォーラムではサービスに批判的な論者と、サービス提供者が壇上で問題について議論していました。
農園型障がい者雇用の問題点
毎日新聞の山田奈緒記者は、この農園型障がい者雇用について取材した際、以下のように感じたそうです。
たしかに、様々な企業に雇用される障がい者が一同に集められ、ビニールハウスで作業する光景はある種隔離されているようにも見えます。
サービス事業者の言い分としては、企業の福利厚生として作った野菜を従業員に渡す等しているそうです。HPには以下の記載があります。
ノーマライゼーションとは、障がいのある方がない方と同じようにノーマルな暮らし、仕事ができるよう権利を保障するという考え方です。
個人的には、企業で働く従業員が、会ったこともない方の作った野菜を受け取ることで、農園で働く方に対して「同じ従業員」であるという連帯意識を持つとはあまり思えません。
毎日新聞客員編集委員の野澤和弘さんは「雇用代行ビジネスは、形式上はともかく実態としては企業が障害者を雇用しているとは言えず、障害者もその企業とは関係のない農作業をしている。生産物である野菜を販売して得た収益が賃金に回っているわけでもない。法定雇用率の制度を逆手に取ったビジネスと言わざるを得ない。」※1 と批判します。
農園で働く障がい者がその企業従業員から「一緒に働く仲間」として認知されない→D&Iとは程遠い
このことが一つ大きな問題としてありそうです。
農園型障がい者雇用は「必要悪」か?
一方で肯定的な意見も見られます。山田さんの取材では福祉事業所代表者の「将来の蓄えにでき、ありがたいと考える保護者は大勢いる。作業所より額も良く、障害者の生きがいにつながる場合もある」「企業内で働く障害者を減少させる可能性もあり、共生社会の理想とは言えないが、雇用しないよりはよほどいい」※2 という話が紹介されています。また知的障がいのある息子の母親の「簡単な作業で給料を保証されるのはありがたい」※3 という声もあったそうです。
こうした話から、必要悪なのではないかという声も聞こえてきそうですが、わたしは働く人の声を大事にしたいと思っています。そこで働く本人は、本当に納得しているのでしょうか。
わーくはぴねす農園を特集したTV番組では、実際に働く方が「食べていただける方が笑顔になってくれたらいいなという思いで育てています」と話しています。
これを本人の満足として捉え、農園型障がい者雇用は必要であると考えるのも一つの考えではあると思いますが(少なくとも番組では肯定的に捉えているようです)、わたしとしてはやはり疑問を感じます。
たしかに、単に賃金を得たいということで働くのであれば、どのような形態でもよいのかもしれません。簡単な作業で、守られた環境で、お給料を得ることを望む方がいるのも理解できます。
しかしながら、人は障がいの有無に関わらず、キャリアを形成します。現代では終身雇用という概念も薄れてきており、転職も視野に入れながらリタイアまでのキャリア形成をすることが当たり前になっています。
10年20年と農園で働いたのち、履歴書には大企業の名前を書いたとしても、そこで何をしていたかは面接ですぐにわかります。月々満足な報酬を渡し、単純な作業を提供し続けることは、その方の貴重なキャリア形成の機会を奪うことになっていないでしょうか。
また「障がい者=働けない」というのは、安直なステレオタイプに基づいた考え方といえます。障がいにも様々あり、人によっては作業遂行に問題がない場合も、適切な合理的配慮によって十分に力を発揮できることも多くあります。
「危険な仕事だから障がい者には任せられない」といった話も聞きますが、注意力・集中力が高く、そうした仕事を得意とする方も大勢いいらっしゃいます。
農園型障がい者雇用に一定のニーズがあるのは、社会がまだ「障がい者=働けない」という偏見から抜け出せていないからではないでしょうか。
こうしたサービスが提供され続けることは、下記の図のように偏見をさらに助長するという悪循環につながると感じています。
おわりに
法定雇用率の本来の目的は、それを達成することではありません。わたしは、法定雇用率はインクルーシブな社会を作るための一つの手段であると考えています。
農園型障がい者雇用が問題となったことも少なからず影響し、改正障害者雇用促進法には、新しく以下の文言が追加されました。
企業努力が必要なのはもちろんですが、単に努力を強いるのは法定雇用率と同様、この問題をさらに根深くすると感じています。中島(2018)が「""社会モデル""の考えが根づかない状態で法定雇用率を引きあげていけば、企業は障害者を比較優位の原則に基づく""戦力""ではなく、法律によって雇うことを強制される""お荷物""だと考えるようになるだろう」※4 と指摘するように、支援者には、社会モデルの理解促進のために企業支援をより強化していくこと、企業とのネットワークを積極的に作り、共通言語を使って対話し、障がい者が「見えにくくなる」ことを防いでいくことが求められているのではないでしょうか。
ジェシカ・ノーデル(2023)は「法は人の行動に一定の制限をかけることはできるけれど、人の心までは変えられない」※5 と述べています。「まずは一緒に過ごすことです。そして相手を知ること」が大切であり、隔離ではなく、同じ場で働くことが必要なのだと思います。
パナソニック創業者の松下幸之助氏も名著『道をひらく』で以下のような記述を残しています。
また冒頭にも書いた通り、この問題の核心は、農園型障がい者雇用が「仕事」といえのるかどうかという点だと感じます。
仕事とは、社会での役割を果たすことです。同じ農業でも農福連携などは、実際の農業従事者として、法定雇用率ではなく労働力としての企業の充足が求められます。そのため厳しい環境ですが、そこでは挑戦する権利や失敗する権利が保障されています。
挑戦や失敗はもちろん怖いことです。しかし、そこでの頑張りこそが他の従業員に伝わり、本当の意味でのD&Iに繋がっていくのではないかとわたしは考えています
わたしとしては、こうした代行ビジネスに企業が頼ることなく、一般社員と同じ環境で障がいのある方が挑戦や失敗する権利を保障されること、それを応援する雇用支援をしていきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
-引用-
1.「雇用代行ビジネスの虚実 ~障害者雇用の成果の陰で」毎日新聞,2023.1.24.
2.「農園の「働く人・場」提供ビジネス 障害者就労、定着か共生か」毎日新聞,2019.10.8.
3.「障害者雇用「外注」に賛否 さいたま市「農園」と協力 識者「隔離」、保護者「所得安定」」毎日新聞,2019.10.8.
4.中島隆信(2018)『新版 障害者の経済学』東洋経済新報社,p205. https://amzn.to/4d452Fv
5.ジェシカ・ノーデル著・高橋璃子訳(2023)『無意識のバイアスを克服する 個人・組織・社会を変えるアプローチ』河出書房新社,p190. https://amzn.to/44dSNlR
6.松下幸之助(1968)『道をひらく』PHP研究所,p51. https://amzn.to/4dqYqRG
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