怖ろしい絵を、殉愛に仕上げた力業「外科室」 by 泉鏡花
悪戦苦闘読書ノート 第6回 泉鏡花作「外科室」発表1895年(明治28)
こんにちは。前回に引き続き、泉鏡花です。「外科室」は、前回と同様、初期の作品から選びました。
外科室での出来事を、つい思い浮かべ、「無残絵」を見たようなショックを受けました。それでも、主人公二人が「愛に殉じた」ことを、静かに納得していました。泉鏡花の「力業」の一端に触れた思いがした作品です。
あらすじ
ある医学生は、友人と行った植物園で、一瞬だけ顔を見た若い婦人の美しさに感嘆する。
数年後、ある伯爵夫人は、外科手術を受けることになるが、「麻酔により心の秘密を口にする」ことを恐れ、医師に麻酔なしで手術をするよう求めた。伯爵夫人の願いどおりに手術が始まると、医師と夫人は短い言葉を交わす。その直後、伯爵夫人は、ある行動を起こす。
こう読みました
今回は、謎解きでした。
本作は、上下の構成です。上では「現在起きている、患者と医師の間のできごと」を、下では「過去における、男女二人の接点」が描かれています。
構成はシンプルなのに、一読しても、すっきりと内容が理解できません。その理由を確かめようと、岩波文庫「外科室・海城発電」の川村二郎解説に書かれた次のあらすじを頼りに、読み直しました。
一度目をかわしただけで愛に落ちた学生と少女が、歳月をへだててそれぞれ外科医師と患者の貴婦人として手術室の中で再会し、愛に殉ずる。
その結果、正確に読み込めていないことから、いくつかの疑問が残っていることが自覚できました。その疑問とは、次の5つの問です。
問1 医師が、「数年前に一瞬だけ顔を見合わせ、その美しさに嘆息した若い婦人」を、それ以降、思い続けてきたことは、どこでわかるか?
問2 伯爵夫人が、「数年前の娘時代に、一瞬だけ顔を見合わせた学生」を、意中の人としてきたことは、どこでわかるか?
問3 結局、伯爵夫人は、何をしたかったのか?
問4 伯爵夫人が麻酔を拒否したことの意味は、何か?
問5 後日談で語られた医師の行動の意味は、何か?
これら5つの問に、答えらしいものを見つけたとき、ようやく、納得できる理解ができたように感じました。
感想
本作の上と下を行ったり来たりしながら、読み返す作業は時間がかかり、消耗感も予想外のものでした。しかし、そのおかげで、泉鏡花の美意識に、ほんの少し触れることができた気がしました。何よりも、「答え(たぶん)を見つけた!」の嬉しさが格別でした。
創作のヒント
二人の主人公が、相手に対する心情を発したと推察できた場面は、二か所だけでした。ひとつは、手術中の短い言葉のやりとりから。もうひとつは、数年前、二人がすれ違った直後の、(医)学生の嘆息です。
そのように心情吐露を制限したことで、手術中の、二人の短い言葉のやりとりが、抜群のキレを示したと思います。
そして、現在、過去、後日譚という展開も、限られた情報に対する読み手の感度を、さらに上げてくれたように思えます。
こうした描写や物語の展開により、「非現実的な愛への殉じ方」への抵抗感が消え、「小さな宝石箱に込められた美しい物語」としてを楽しむことができたように思われます。
第7回は、2021年3月5日(金) 樋口一葉作、「たけくらべ」の投稿を予定しております。