泣きそうになった。が、泣いている場合ではない。
今、何かに気付いて、ドキドキしている方へ、小説の一片を!
ご紹介するのは、芥川龍之介作「トロッコ」から。
小田原、熱海間に、軽便鉄道の敷設工事が始まると、少年(8歳)は、資材を運ぶトロッコに夢中になります。そして「一度でも乗ってみたい」と強く願います。ある日、その願いが叶います。
始めのうち、「ずっとトロッコを押していたい」と思っていた少年も、やがて、遠くに来たことに不安を感じ始めます。すると、突然、作業員が、「もう帰れ。おれたちは泊りだ」と言い放ちます。その言葉を聞いた少年の反応は、次のように描写されています。
良平は一瞬間呆気にとられた。もうかれこれ暗くなる事、去年の暮母と岩村まで来たが、今日の途はその三四倍ある事、それを今からたった一人、歩いて帰らなければならない事、 ―― そう云う事が一時にわかったのである。良平は殆ど泣きそうになった。が、泣いても仕方がないと思った。泣いている場合ではないとも思った。彼は若い二人の土工に、取って付けたようなお辞儀をすると、どんどん線路伝いに走り出した。
どんどん暗くなる中、少年は、板草履を脱ぎ棄て、羽織も脱ぎ捨てて走ります。「命さえ助かれば――」、その思いで走ります。家の門口に入り、家族の顔を見た彼は、大声で泣き出します。
一人でよく頑張ったね!
かつての少年は、妻子を連れて出てきた東京で、働いています。生活に疲れを感じているのか、「あの夜」の自分を思い出すことがあるそうです。
体にだけは、気を付けて!
お立ち寄り頂き、ありがとうございました。
物語の一片 No. 11 芥川龍之介作「トロッコ」