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綺麗な物語を読みたい。そんなときは「魚玄機」を読みます。

創作のヒント No.3 森鷗外作「魚玄機」大正4年(1915年)発表

心身の調子によるものか、何かに集中することが難しくなるときがあります。心の中が荒れた海面のようになり、「あわわわわ!」という波動が止まらないのです。そんなとき、「綺麗な物語を読んで落ち着きたい」という思いでいっぱいになります。

最近、そんな心持ちになったときのことです。「ところで、綺麗な物語とは、どのような物語なのか?」と自問していたら、森鷗外の「魚玄機(ぎょげんき)」が思い出されてきたのです。

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魚玄機という人物について、広辞苑は、次のように記しています。

晩唐の女性詩人。字は幼微・蕙蘭。長安(陝西省(せんせいしょう)西安(しーあん))の人。温庭筠(おんていいん)らと詩を交換。侍女を殺害した罪で処刑された。

さらに、ニッポニカほかの内容で補足すると、次のようになります。

魚玄機は、娼家に生まれ、若くして身分ある人の妾となったものの正妻に追われる。女道士となるが、侍女を殺めたことから刑死する。

このような女性を主人公にした歴史小説となると、つい、煽情的な内容を思い浮かべてしまいます。

ところが、森鷗外の「魚玄機」では、魚玄機が嫉妬から侍女を殺め刑死することを描いているにも関わらず煽情的ではなく、むしろ、物語に清らかさを感じてしまいました。

では、何によって、物語の清らかさを感じたのか。それは、魚玄機の心の様の描かれ方にあると考えています。その描かれ方とは、詩で交流した温庭筠が、彼女の詩に感じた「彼女の内面の状態」というものでした。

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温庭筠が初めて魚玄機と対面したとき、彼女は十五歳でした。そのとき、彼女に請われ温庭筠が題を与えると、魚玄機は見事な詩を作り、温庭筠を驚かせました。以後、魚玄機は、折々に、温庭筠に詩を送り、教えを求めていたのです。

森鷗外の「魚玄機」では、魚玄機は、ある男を尊敬し妾となりました。しかし、彼女は、性的には固い蕾(つぼみ)のまま、男女のことが理解できません。そうこうしている間に、正妻に存在を知られて追い出されるのです。しかし、女道士となって、ある人物と交流するようになり、女性として急速な変化を遂げるのです。

この間、温庭筠の方では、魚玄機から送られる詩を読み続けています。そして、「少年のような感性を感じていた魚玄機の詩が、ある時期から恋心を伝えるものとなった」ことを感じ取っていたのです。

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「魚玄機と詩で心を通わせた人物が、魚玄機の心の様を伝えてくれる」という描き方により、魚玄機を悼む温庭筠の悲しみが迫ってくる気がします。この点に、この作品を「綺麗な物語」だと感じた最大の理由があるように思います。

よろしかったら、森鷗外「魚玄機」、お楽しみください。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


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