幸せそうに見えて、皆いろいろある。
私は訪問リハビリの仕事をしている。
ある日、半年ほど担当しているAさんに「お子さんは?」と話の流れで聞かれることがあった。
リハビリの対象はほとんどが高齢者。
この手の質問は数え切れないほど受けてきた。
この年代の人が悪いのではない。価値観は年齢によって様々だから、このような質問が出るのは仕方ない。仕方はないと頭ではわかっているが、正直面倒くさい。
今までは「二人でいるのが楽しいので、もう少し先ですかねー」なんて答えてたが、最近は面倒くさくなって「治療をしているが授からない」とはっきり言うようになった。
もう退職まで2ヶ月を切ったのもあって、思い切ってこのような返答ができるようになった。
大体の利用者はこの返答に対して黙る。
あー、面倒くさいな!と内心思いつつ、私はすぐ話題を切り替えるのだった。
Aさんに対しても例の如く「治療してるが授からない」と返答した。
するとAさんは「あー、そうだったの。実はね…」と話を始めた。
Aさんには2人の息子がいる。
長男は何度も体外受精にチャレンジし、ようやく第一子を妊娠出産したそうだ。だが、その後第二子を望み体外受精を10回行ったが、授からなかったとのこと。
長男さんの年齢を考えると、不妊治療はまだメジャーではなく自費診療だった頃の話だ。助成金があるとは言え、どれだけのお金と労力を使い、どれだけメンタルが削られたのだろうか…。
会った事もない長男夫婦に同情してしまった。
話はここで終わらない。
Aさんは次男夫婦と一緒に暮らしており、その夫婦には4人の子供がいるのだ。
長男と次男は現在不仲。
Aさん曰く、一方は不妊治療でなかなか授からない、一方は次々と子宝に恵まれる、この差が兄弟の溝を深めてしまったのではないかと、ため息を吐きながら話されていた。
あー……、わかる。
長男夫婦が、特に奥さんが落ち込んでいる姿が目に浮かんだ。会ったことも見たこともないのに、また同情してしまった。
さらにAさんは話を続ける。
「私自身は、親兄弟と絶縁しているのよ」と。
Aさんは20歳上のご主人と結婚する際に、親から反対され、駆け落ちする形で家を出てきたそうだ。
老後、本当だったら兄弟姉妹で連絡を取って食事に行ったりしたかったとAさんは話す。
「でも仕方ないね、その時はお父さんが一番だった」
Aさんは次男夫婦の家に住み、孫に囲まれて幸せそうに暮らしている。ご主人は会社を立ち上げており、今は次男夫婦が引き継いでいる。
家は立派な一軒家で、この前は海外旅行に行ってきたそうだ。お金には困ってないように見える。
余談だが…ご主人は90代にして介護保険が3割負担!これわかる人にはわかると思うが、雑に言うと金持ち!ってこと。笑
大体の高齢者は1割負担だよ…。
ご主人は高級老人ホームに入所中である。
金があるところにはあるんだなー。笑
Aさん自身は一度は病に倒れたが、リハビリをし少しずつ回復している。
一見すると、愛する家族に囲まれて、十分な介護が受けられて、お金には困っていなくて…とても幸せそうに見える。
でも、話を聞くと色々な家庭事情があった。
次男夫婦と暮らすAさんは、息子達が不仲なためしばらく長男に会えてない。もちろん、長男の子供(孫)にも会えてない。
「会いたいけど、無理だろうね…」と無念そうな顔をしていた。
◇
今回の話はAさんの実話である。
が、実はAさんには失語症があるのでセリフは少々私がアレンジして書いた。
失語症でいつも言葉に詰まるAさん。
言葉を間違えるのを気にして、普段は多くを語らないのだが、家族の話になるといつも以上に言葉が出てきて止まらなくなった。
本当は誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
その日はリハビリは中止し、ずっと世間話をして終わった。
みんな、幸せそうに見えていろいろある。
当たり前のことだけど、改めてそう思った出来事でした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
よろしければサポートお願いします。いただいたサポートは、コメダ珈琲代にして手帳時間を楽しみます♪