001 「臀部(でんぶ)」と「全部(ぜんぶ)」が間違いのもと
カジュラホの石像群(Wikipediaより)
ちょっとした方言の分かり方の違いが、とんでもない結果をもたらすことって、少なくないようですね。
皆さんにも、こんな経験、おありじゃないでしょうか。
ぼくの友人の広告マン――かりに名前をXとしておきます――が、テレビ番組制作のために、カメラマンYとインドのカジュラホに行きました。あっけらかんと明るくエロチックな石像群の取材のためです。
現場でXは、こう指示したのだそうです。
「これデンブ撮っといて」
「デンブですか?」
「そや」
帰国後に再生すると、女性の石像のお尻ばかりが写っていました。
Xは激怒しました。和歌山出身の彼は、
「全部、撮っといて」
と言った積もりだったのです。が、それを聞いたYは、
「臀部、撮っといて」
と理解したのでした。
和歌山の方言では「ざじずぜぞ」の発音が「だぢづでど」になってしまうからです。
そういえば昔、誘拐犯が電話で、
「金のまわり、しとるか」
と言ったという話を耳にしたこともあります。
「準備する」を「まわりする」と表現するのは奈良の限られた地域だけなのだそうです。その方言が、この事件の犯人逮捕を早めたのだそうです。
旅の楽しみのひとつに方言との出合いがあります。
昔、訪れた沖縄の与那国島では、民宿のおばさんの電話での話が、一語を除いて皆目わかりませんでした。
その一語は「サロンパス」です。どうやら、このおばさんは、
「肩が凝っていた」
ようです。
ところで、話は変わりますが、結婚後は枚方に住んだ広告マンのXは、大酒飲みでもありました。ところが、泥酔の果てには気弱になるわけです。それで、千鳥足でタクシーをつかまえるや、
「枚方へやって、早ぅ行って」
と、奥さんが起きて待つ自宅へと急ぐのが常でした。
そのXがニューヨークでしたたかに酔ったことがあります。
そのときもふらつきながら、イエローキャブをつかまえて、
「枚方へやって、早ぅ行って」
と告げて眠ってしまったのだそうです。
どうやら彼は、ふだんの生活場所から遠く離れた旅先で、旅と酒のせいで二重に「非日常の世界」に迷い込んだのでしょう。
そして同時に「ふだんの生活場所に自分から進んで連れ戻される」という、ちょっと考えられないような離れ業をやってのけたのでした。
皆さんにも、こういう方言とその理解をめぐる面白い経験が、おありなんではないでしょうか。
方言と旅をめぐる与太話を披露させてもらった次第です。