今朝の風景

マンションのドアを開けて、外の空気を吸う。
よく晴れた冬の日。肺にいっぱい取り入れた酸素は、そのまま体を凍らせてしまうかのようにゆっくりと僕の中を駆け巡る。一枚羽織っただけのコートは風を防いでくれるが、脆い体内まではどうしようもない。朝方に出かけることもあまりないのが、この億劫さに拍車を掛けているのだろう。
駐輪場に停めてあったもう7年使いこんだ自転車に跨り、目的地を目指す。何度もパンクや車輪の劣化があったが、それでも物持ちの悪い僕がここまで乗り続けられたのは奇跡としか言えない。
ペダルに体重を乗せ、漕ぎ始めると、寒さはより僕の体を蝕み始めた。もとから吸いにくい冷気が、肺に刃を突き立てる。息ができない。魚のように口をパクパクさせながら、何とか体を動かす。東からの陽に照らされた大通りを行く人々は、僕なんかよりよっぽど巧く息をしているように見える。それはなんだか、自転車に乗っているかどうかには関係ない本質的な苦しさのように、僕には思えた。

走っていると、心なしか目の前がちらついてきた。おや、まだそんな歳ではないぞと思っていると、空中の光の粒はどんどんその数を増していく。察しの悪い僕は、それらが冬の風物詩であることにすぐ気付けなかった。
「あっ、雪か」
間抜けな声が、口を次いで出る。そうか、そういえば今年はまだ見ていなかった。というか、存在そのものを忘れていた。ここのところ暖冬続きで、そもそも年に一度も雪が降らないことだって珍しくないわけだし。
眩しい太陽の光が、空中の小さな結晶に当たって反射する。吹きつける風と共に、少しずつ目の前を覆っていく。眼鏡に落ちた一粒が、太陽の熱で雫になって滴る。
神様の調子を伝えるための手紙が降り注ぐ中、僕は朝の深海の中を進む。
 
早起きは三文の得。
その言葉はもしかしたら、本当だったのかもしれない。

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