嫌い人
274.光らない涙の方がいいねと言う天使がいたらいいなと思う
275.暗がりで喘ぐ人らの背を撫でつ酒を飲み干すソフィスト達は
276.願いなき吾のこころを容れた箱海に沈めてうたかたを知る
277.体臭の染みた日記を捨てに行くポッケの煙草と雨と満月
「おい、ばか」
「ああ?なんだ急に」
「嫌いになった?」
「はあ?」
「僕のこと嫌いになった?」
「うぜえなとは思った」
「それは嫌いってこと?」
「いや、嫌いってほどではないな」
「そっか」
「なんだよ」
「人を嫌いになるにはどうしたら良いと思う?」
「なんでそんなこと聞くんだ」
「嫌いになりたいから」
「俺を?」
「いや、全然違う人」
「じゃあなんでさっきバカって言ったんだ」
「他に言える人がいないんだもん」
「本人に言えよ」
「無理だよ、嫌われたくない」
「はあ?」
「相手に嫌われずに嫌いになりたいんだよ」
「じゃあさっきのマジで無意味じゃねぇか」
「そうだね、でもちょっとすっきりした」
「俺はどうなるんだよ」
「ごめん。でもさ、良く言ってるじゃん、あいつ嫌いだわーって」
「そうだっけ」
「それどうやるの」
「はあ?」
「どうやって人を嫌いになるの」
「いや普通にあるだろ、そういうの」
「ない」
「マジで言ってるの?」
「マジ。教えて」
「えー、だる」
「お願い、ご飯奢るから」
「酒もだぞ」
「わかった」
「よし。じゃあ、そうだな……お前煙草吸うっけ」
「吸わない」
「じゃあはい、1本やる」
「え、」
「吸ってみろ」
「今?」
「そう、ほら、火つけてやるから」
「え、いやでも、」
「嫌いになりたいんだろ」
「…わかった」
「…どうだ」
「まっずい、クラクラする」
「そのまま嫌いになりたい奴のことを思い浮かべろ」
「えー、」
「いっぺんやってみろって」
「……」
「どんな気分だ」
「最悪」
「じゃあ成功」
「本当?」
「本当。もしこれからそいつのことを考えたくなったら、煙草を吸え。それで嫌いになれる」
「そうなの」
「間違いない」
「なんか、まだよく分かんないな」
「世の中の煙草を吸う奴らを見てみろ。みんな憂鬱そうな顔して臭い煙を撒き散らしてるだろ。あれは嫌いなやつのことを思い浮かべてるんだよ。くっせぇなぁとかまずいなぁとか思いながら」
「なんでそんなことするの」
「嫌いになるためだよ。嫌な奴にもどうしたって良いと思えるところがある。そういう瞬間を見ても心が揺るがないように、わざとまずい煙草を吸って奴らの存在とリンクさせるんだ。パブロンの犬の逆バージョンだな」
「パブロフね」
「それ。いいか、人を嫌いになりたかったら絶対に妥協するな。相手の良いところを見ても裏があると思え。人を選り好みする自分を嫌な奴だって思ったら負けだ。自分の選択が一番正しいって信じるんだ」
「なんか、結構大変だね」
「当たり前だろ。じゃなきゃ他人に振り回されて、もっと大変な目に遭うぞ」
「そっか」
「煙草全部やるよ。吸い終わる頃にはお前も立派な"嫌い人"だ」
「なに"嫌い人"って」
「人を正しく嫌える人間ってこと」
「そうか。でもさ、嫌いになれなかったらどうしよう」
「吸い続けろ」
「肺が真っ黒になっちゃうよ」
「仕方ないだろ、嫌い人の道は険しいんだよ」
「じゃあ君も誰かを嫌いになるために吸ってるの」
「いや、俺は趣味」
「趣味」
「嫌いなものを身体に入れる趣味。文句あるか」
「ないです」
「そもそもお前は誰を嫌いになりたいんだ」
「あんまり言いたくないんだ。あ、君じゃないよ」
「それはわかるよ。それでこんな会話してたらバカだろ」
「そうだね。まあその、好きなんだけど、どうしても嫌いになりたい人がいるんだ」
「ふーん。まあ、応援するよ」
「ありがとう」
「じゃあ飯行こうぜ。肉食いたい」
「良いけど」
「よっしゃ、じゃあ叙々苑だな、うわめっちゃ嬉しい俺叙々苑大好き」
「はい煙草」
「あ?」
「吸えば嫌いになれるんでしょ。嘘じゃないよね」
「ああ、まあ」
「今日はサイゼでイタリアンにします。良いですね」
「え、いや」
「良いよね」
「はい」