プリンセス・クルセイド #3 【心の剣】 11
周囲を炎に囲まれる中、エリカは聖剣を振り、目の前の相手にさらなる炎の魔術を容赦なく浴びせていった。
「ふんっ、はあっ、やあっ!」
しかし、相手のプリンセスは閉じられた鉄扇を怯むことなく振るい、炎を薙ぎ払っていく。茶色の髪を靡かせ、暑さから生まれる汗を弾き飛ばしながら向かってくるその姿は、あたかも舞いを踊っているかのように艶やかであった。
「やりますね……イキシア王女」
エリカは埒の明かない攻撃の手を止め、一旦剣を構え直しながら呟いた。
「聖剣の持つ能力で貴女がどのような攻撃を繰り出してきても、直接刃を交えなければ剣を折れない。ならば、どうして脅える必要がありましょう」
イキシアも舞いを終え、鉄扇を開いてみせる。その挑発的な言動に、エリカの剣を持つ腕が僅かに強張った。
「それはここで私に敗れたとしても、闘いから排除されなければまだ勝機はあるということですか?」
「少し違いますわね。この勝負にもし再戦が有り得るのだとすれば……」
イキシアが鉄扇を閉じ、エリカの眼前に差し向けた。
「それは貴女のほう。故に、貴女はこの場で決着をつけようとしている。違いますか?」
「相変わらず油断のならない方ですね」
エリカは呟くようにして答えた。イキシアの指摘は図星だ。先程、槍を使って炎を飛び越えるような荒技をも見せつけてきた彼女相手に、未熟なエリカの腕が敵う訳がない。今は聖剣の能力のお陰で優勢を保っているが、それすらも再戦可能になるまでの時間、1日の間に対策を練られれば終わりだ。当然、イキシアならそれぐらいのことはやってのける。
「……さあ、そろそろおしまいにしますか!」
イキシアが鉄扇を光らせ、槍へと変化させた。その瞬間、彼女の背後で燃え盛る炎が、彼女を称えるように輝いて見えた。
「……まだまだ!」
己の目に映った幻影を振り払うように、エリカは自らの周囲に複数の火球を展開した。あたかもヒトダマのように赤熱するエレメントが、彼女の姿を明るく照らす。
「行きますよ!」
エリカは剣を振るい、そのうちの1つをイキシアに向かって放った。
「そんな一本調子の攻撃など!」
イキシアは優雅に身を躱し、そのまま間髪入れずに槍を構えて突進してきた。
「はあっ!」
エリカはもう一度剣を振るった。周りを囲んでいた炎が横一列に並び、イキシアとの間に割り込む。
「何を――」
「決着をつけるのは私です!」
エリカの叫び声と共に、整列した炎が同時に勢いよく燃え上がった。炎の背が伸び、二者の間を隔てる炎の壁が生まれる。エリカは一瞬上空を仰ぎ見てイキシアの姿が無いことを、彼女が一本調子の戦法を取ってこないことを確認すると、即座に炎の壁を回り込み、イキシア王女がいるであろう場所に側面から斬り込んだ。
「イキシア、覚悟!」
「……武芸十八般、棒術!」
その時、叫び声と共に何かが目の前を掠めるのを感じ、エリカは踏みとどまった。すかさずバックステップに移行して間合いを取った彼女の眼前には、演武のように棒を振り回すイキシアの姿。
「……期待を裏切って申し訳ありませんね。しかしわたくし、アンコールに答える気はございませんの」
イキシアは棒を止めると、口角を上げて不敵に微笑んだ。
「それは残念……」
エリカもつられて頬を緩めた。だが内心では、とても笑っていられない。やはりイキシア王女は一筋縄ではいかない。背中で燃える炎が、焦燥感を煽ってくる。
(……こんな時、アルバートお兄様なら……)
イキシアと対峙したまま、エリカは不意に兄のことを考えた。ファムファンク王家三兄弟の次兄、アルバートならこんな時は策を弄さず正面から突入していくだろう。そして、勝つ。だが残念ながら彼女には無理な話だ。
(……そうですね)
そこまできて、エリカは考えるのを止めた。今は自分に出来ないことに思いを巡らせている場合ではない。ただ、目の前の相手に集中するのみ。
「いいお顔ですわ。覚悟を決めたようですわね」
「ええ……決めました」
エリカは剣を構え直した。
「勝つ覚悟を!」
そして次兄アルバートのようにイキシア目掛けて突進していく。体の前に火球を回転させながら展開し、盾のようにして身を守る。
「……甘いですわ!」
イキシアの声は落ち着き払っていた。彼女はこの時を待っていたのだ。エリカが突進してくるこの時を。そして炎の盾の中に生まれていた隙間を目ざとく見つけ、そこを突いてくる。
「……どちらがっ!」
しかし、それはエリカの仕掛けた罠だった。槍が突き出される一瞬前に、身を逸らし、同時に炎の盾を剣に纏わせる。そして突き出された槍目掛けて剣を振り下ろした。
「くっ!」
刃が柄を切断する直前、イキシアの槍が光り輝いて聖剣へと戻り、反撃の構えに入る。これすらもエリカの想定内だった。斬撃の勢いそのままに足を踏ん張り、体を捻って背中越しに剣を折りにいく。
「ちっ……」
反応の遅れたイキシアの右手が剣から離れ、苦肉の策のように刃を阻もうとした。エリカは構わずに地面を蹴り、体を宙に浮かせて全体重を剣に乗せた。このまま腕ごと持っていく狙いだ。
「なっ……!」
確かにそのはずだった。しかし次の瞬間、エリカは身を弾かれ、無様に尻餅をついていた。激突の衝撃で、剣が手から離れかける。
「い、一体何が……」
慌てて剣を掴み直したエリカは、状況を確認するべくイキシアを見た。彼女の掲げた右手に、光り輝く剣が握られている。
「何故……貴女の聖剣にそんな能力は……」
「……武芸十八般、短刀術」
イキシアが呟くように声を発すると、光の剣は消滅して彼女の聖剣が短刀に変わった。呆気に取られたままのエリカは、咄嗟に聖剣を握る手に力を込めた。消えかかっていた炎が、勢いを取り戻す。
「はあっ!」
しかしイキシアはなんら躊躇することなく短刀を振り下ろし、そのままエリカの聖剣の刃に突きたてた。炎がイキシアの右手に燃え移り、そのまま腕を伝って走っていく。
「……でえりゃあ!」
だがイキシアは構わず強引に右腕を押し切った。今や完全に炎に包まれたその腕が、鈍い金属の切断音と共に振り抜かれる。そして短剣の刃が勢いを留め切れずに地面に突き刺さった。
「……負けた……」
エリカは宙を見上げながら呟いた。目の前で、燃え盛る刃が舞っている。同時に、空間が光にゆっくりと包まれていった。
「……さすがは太陽のプリンセスですね」
エリカは自身の聖剣から目を離し、イキシアに向かって微笑みかけた。彼女の勝ちを称えるように。
「……そうなのでしょうか?」
しかしイキシアに笑顔は無かった。しかし彼女の瞳は確かにエリカの姿を捉えていた。ファムファンクのプリンセスには、それで十分だった。
12へ続く
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