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プリンセス・クルセイド #8 【決着の刻】 1

 気がつくとメノウは走り出していた。胸にわだかまる感情の重さに耐え切れなくなっていた。それは、彼女がアレクサンドラの剣に屈したからではない。もちろん、その件も彼女の枷となってはいたが、それ以上に彼女を苦しめていた事実が他にある。

「アンバー……私のせいだ」

 街の通りを駆け回りながら、自責の念が口をついた時、彼女は探していた人物を見つけた。

「イキシア王女……」

「メノウ……」

 イキシアの憂いを湛えながらも鋭く研ぎ澄まされた視線を見て、メノウは状況を察した。

「闘いを水晶で見ていました……アンバーのこと、何かご存知ですね?」

「ええ……ジェダイトに敗北した彼女は……連れ去られてしまいました」

「まあ!」

 イキシアの隣にいたタンザナが声を上げる。

「なんと下劣な……」

「……貴女の闘っていた女性と、ジェダイトとの関係は?」

 イキシアの声は冷淡であった。メノウはいたたまれない気持ちを抑え、話を続けた。

「彼女はジェダイトの手下です。私が彼女に敗れた隙に、アンバーは……」

「なるほど……」

 イキシアは呟くようにして答えると、タンザナに向き直った。

「わたくしが闘った相手は、なんという方でしたっけ?」

「シトリンとか……サイフトリンとか……そういった方面の名前でした。彼女もジェダイトの部下でしたね。私の財布を奪った張本人です」

 タンザナは腕を組み、その豊満な胸を上に乗せながら憤慨した。

「ちなみに、まだ財布は返っていません」

「財布はともかく……メノウ、貴女は——」

「申し訳ありません! すべて私のせいです!」

 ついに耐え切れなくなり、イキシアの話を遮ると、メノウは深々と頭を下げた。

「……? 貴女が財布を?」

「そっちじゃないですわよ」

 混乱するタンザナをイキシアがなだめた。メノウはそれに構わず、膝と手、さらに頭を地面につけて懇願した。

「お願いです、イキシア王女! 貴女の力を貸してください……ジェダイトの手からアンバーを救うには、私一人の力では——」

「……しゃらくさいですわ」

 イキシアはそう言い捨てると、メノウの前に屈み込み、胸ぐらを掴んで無理矢理直立させた。

「そうまでしないと、わたくしは動かないとでも? あの子とはその程度の仲だとでも言うのですか!?」

「お止めなさい、イキシア。彼女も必死だということです」

 メノウと同様に感情を爆発させたイキシアを、今度はタンザナが諌めた。

「それだけ状況が切羽詰まっているのでしょう。今はそのように取り乱している場合ではありません」

「取り乱してなど……」

 イキシアは反論しようとしたが、打ちひしがれるメノウの表情と、彼女を掴む自らの手が震えているのを見て、考えを変えた。

「……そうですわね。メノウ、失礼いたしました」

 イキシアはゆっくりとメノウを離し、非礼を詫びた。

「とはいえ、あまりわたくしを見誤らないでくださいますか? わたくしは太陽のプリンセス。それをお忘れなく」

「……ええ、そうでした。無礼をお許しください」

 メノウも深く頭を下げた。そして顔を上げると、彼女のエメラルドの瞳からは迷いが消えていた。

「イキシア王女……協力してくれるのですね」

「当然ですわ」

 メノウを見据えるイキシアの視線は鋭かった。未だ感情の昂りは抑えられていないようだったが、その矛先は明らかに変わっていた。

「私もお供いたします。今こそ、アンバー様に恩を返す時です」

 タンザナもイキシアの腕から手を離すと、恭しく頭を下げた。

「ありがとうございます。助かります」

 メノウにとって、タンザナの存在は未だ謎に包まれてはいた。ここまでの言動もはっきりしない。しかし、彼女はその好意を素直に受け取った。彼女もまた、イキシアと同じ目をしていたからだ。

「アンバーの居場所なら、わたくしにお任せください。心当たりがあります」

「心当たり……?」

 訝るメノウに、イキシアが付け足した。

「あのシトリンという方から、ジェダイトのアジトのことを聞き出しました。アンバーにも教えようと思っていたところですの」

「元々は財布を取り戻すための質問でしたが……何が幸いするか分かりませんね。怪我の功名というものです」

「それは違うと思いますが……」

 イキシアはそう答えてから、メノウの肩に手をかけた。

「ともかく、あの方たちに思い知らせてやりましょう。怒らせる相手と、財布を盗む相手を間違えたということを」

「……はい」

 返事をするメノウから、不安は消えていた。彼女の意志はすでに決まっている。

 必ず、アンバーを救い出す。それだけだ。

2に続く

 

 

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