プリンセス・クルセイド 第2部「ザ・ナイト・オブ・ヴァンパイア」 #4 【月夜に嘲う】 4

 翌日、カーネリアは家屋の屋根の上を飛び回りながら、エアリッタの街を疾走していた。目標は姿を消しているタンザナだ。アンバーによれば、昨晩彼女は遅くに鍛冶屋を訪れ、今日の昼頃までは帰らないと告げて出ていったらしい。

(まったく、情けない……)

 カーネリアは己に腹を立てながら、家屋と家屋を隔てる通りを勢いよく飛び越えた。事態を揺るがすような出来事があったその夜、当の彼女は深い眠りについていた。慣れない土地での無理が祟ったか、あるいはプリンセス・クルセイドとやらでの消耗が予想以上に重かったか。言い訳はいくらでも立つ。だがしかし、そんなことはどうでもいい。ここ一番の機会をみすみす逃すとは、なんたる失態だろうか。

(絶対にあの人を見つけ出さないと……もう野放しにはしておけない)

 腹立たしさに焦りを加えながら、カーネリアは疾走する速度を上げ、再び通りを飛び越えた。彼女の中で、タンザナ=ヴァンパイア説はかなり確信に迫っている。そうでなければ、先のプリンセス・クルセイドで見せたあのような非常識的な魔力の説明がつかない。実際に彼女と相対したメノウはもちろん、おそらくはイキシアも同じ結論に達しているだろう。そしてアンバーは――彼女の心境はよく分らない。どこか迷いがあるように感じる。
 いずれにしても、今夜は満月だ。一刻も早くタンザナを見つけ、決着をつけなければならない。そんなことを考えていると、こちらに向かっている人影が見えた。

(……向かってくる……?)

 その光景に奇妙な感覚を覚え、カーネリアはその場で足を止めた。ややあって、同じ屋根の上に赤毛の女性が優雅に着地した。彼女はカーネリアの姿を見ると、訝しげな表情を見せた。

「君は確か、アンバーと一緒に居た……」

「カーネリアです。メノウさん」

「……自己紹介は必要ないか。まあ、そうだろうな」

 メノウはそう言うと、自嘲気味に微笑んだ。

「君も私の無様な闘いを見ていたんだろう? それでタンザナを探して飛び回っている」

「そんなところです」

「……無様な闘いというのは否定してほしかったな。だがいずれにしても、その苦労もここまでだ」

「……なぜ?」

 今度はカーネリアがメノウを訝った。メノウはそれを見ると、おもむろに自らの後方を指で指し示した。

「ここから向こうはもうすでに私が見回ってきた。そっちは君が探し尽くしたんだろう?」

「……完全にとはいきませんけどね」

 カーネリアはやや反抗的に答えた。その意図が通じたのか、メノウの表情が険しくなった。

「そのとおりだ。だが重要なのは、こちらが探しても見つからなかったという事実のほうだ。おそらく彼女は、私たちの目を逃れようとしている」

「わざと隠れてるってことですね」

「……そういうことになるだろう。であれば、このまま闇雲に探し続けても仕方がない。彼女のほうから姿を現す当てでもあれば、話は別だが……」

「……」

 メノウの言葉を聞き、カーネリアは考えを巡らせた。彼女にはメノウの言う「当て」がある。だが、それはすなわち相手の思惑に乗るということになってしまう。これから先のことを思うと、その行動はうまくない。

「……ないこともないです」

 それでも結局、他に選択肢は無かった。諦観じみた響きのする自らの返答を、カーネリアはどこか遠くに聞いた。

「……説明してくれ」

 メノウもその響きを察したのか、それ以上は何も言わなかった。カーネリアは彼女を手招きすると、屋根から飛び立った。行き先は彼女の元居た場所。アンバーの鍛冶屋だ。

5へ続く

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