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プリンセス・クルセイド 第2部「ザ・ナイト・オブ・ヴァンパイア」 #3 【目覚める脅威】 5

「くっ……させるかあっ!」

 メノウはおよそ彼女らしからぬ叫びを上げながら鋭く剣を振り、斬撃波を放った。刃の先から細く長い光の筋が飛んでいく。

「グルアアッッ!!」

 だが大地を揺るがすようなマンティコアの叫びが、これを空中でかき消した。直後に繰り出される鋭利な爪での斬撃を、メノウは辛うじて前転で回避する。

「やはりダメか……ならば!」

 前転を終えると同時に、メノウは剣を謹聴させた。胸の内から溢れ出た疾走感が体中に伝わり、超高速の世界に突入する。

「はあっ!」

 マンティコアの毒針を警戒しつつ、メノウは速度を活かしてマンティコアの脚に飛び乗り、そこから再び飛び上がって背中に立つタンザナ目掛けて斬撃を繰り出した。

「ぐあっ!!」

 だが、刃が相手の聖剣を砕こうとしたその瞬間、メノウの体は目に見えない壁に阻まれたかのように弾かれ、そのまま落下していった。床に激突する直前、なんとか受け身を取ることに成功するも、同時に超高速移動が解けてしまう。

「くそっ、またか!」

 メノウが床を叩きながら毒づくと、タンザナがこちらを振り返った。

「残念でしたね。ですが、その意気ですよ。挑戦には常にチャレンジ精神が必要ですから」

「その言葉……さては自分が有利だと思い込んでいませんか?」

「ふふっ……まさか」

 余裕ぶった様子のタンザナが微笑むのと同時に、マンティコアが地を踏みならした。

「グルアアッッ!!」

 同時に雷鳴の如き咆哮を上げ、空間をビリビリと振るわせる。

「……まあ、多少はいけるかもしれませんね」

 マンティコアの自己主張じみた雄叫びを聞いて気が変わったのか、タンザナが威圧的に剣を構え直した。

「ウォン」

 彼女の頭の上に陣取るウォンバットも、心なしか誇らしげだ。

「なめた真似を……あまり調子に乗るものじゃないぞ」

 口ではそう強がりながらも、メノウには打つ手がなかった。すべてはマンティコアが原因だ。大広間の高い天井に頭が着きそうな巨体と、毒針付きの尾のせいで、超高速移動でも相手の裏をかくことができない。先程確認したとおり、斬撃波では話にならない。このままでは、すでに床の上に落ちて粉々に砕け散ったシャンデリアと同じ運命を辿るのは時間の問題だろう。

(いや……まだ負けるわけにはいかない!)

 メノウは怯える自分を強いて剣を謹聴させ、再度の超高速移動に突入した。目の前に広がる世界が、相対速度の変化により劇的に鈍化する。メノウは速度を活かして疾走すると、今度はマンティコアを通り過ぎ、そのまま壁に向かって飛びかかった。

「はあっ!」

 そして壁を蹴り、三角跳びの要領で高く飛び上がる。これでマンティコアの背中の上を取ることに成功した。

「喰らえ!」

 通常速度の世界であさっての方向を向いているタンザナ目掛け、頭の上から剣を振り下ろす。これでようやく有効打が――あわよくば決定打が――入る。そのはずだった。

「ふんっ!」

 だがその時、タンザナの気合いの一声が響き、メノウの刃は空中で不自然にその勢いを失った。

「なっ……何?」

 落下の勢いに耐え、剣から宙釣りになりながら、メノウは目を見開いた。その先には、こちらを見て艶やかに微笑むタンザナの姿があった。

「ふふふ……またまた残念でしたね」

 得意気に呟く彼女の手には、メノウの聖剣がしっかりと握られていた。

「ど、どうしてそんなことが……」

「そう改めて尋ねられると困りますね。自分でも意外に思ってるところですから。私って、意外と力持ちなんですね」

「そうじゃない!」

 呑気な返答をするタンザナの手を聖剣から離させようと体を揺すりながら、メノウは腹の底から叫んだ。

「なぜ私を捉えられたんだ! 超高速移動の能力を使っているのに!」

「……はい?」

 タンザナは易々と剣を支えながら、視線をマンティコアの尾に向けた。メノウの超高速移動の開始地点を狙っていたその毒針は、不可思議に空中で動きを止めていた。

「……確かに妙ですね。どうやら、私も突然物凄く速く動けるようになったようです」

「突然って……自分でも分かってないんですか!?」

「ええ、そのようです。ところで、今度は私の質問なんですが……」

 タンザナが視線を戻し、メノウのエメラルドの瞳を覗きこんだ。

「こんなことができてしまう私は、一体何者なんですか?」

「何者……?」

 メノウはタンザナの言葉を繰り返した。彼女もタンザナとまったく同様の疑問を抱いていた。目の前にいる麗しい女性は、一体何者なのか。その金色の瞳は、いつもこちらを見ているようで、どこか遠くを見ているように感じる。

「……答えてくれないのですね。仕方ありません。この世には、あまりにも多くの分からない謎があるのですから……」

 タンザナは目を伏せ、憂いに満ちた声で呟いた。同時にメノウの超高速移動が解け、マンティコアの尾が床に激突する音が聞こえた。タンザナも通常の速度に戻ったのか、それに気付いたらしく、ゆっくりと顔を上げる。

「……ですが、ここはひとまず貴女にご退場願うとしましょうか。勝負は勝てる時しか勝てませんから」

「くっ……」

 メノウは悔しさに顔を歪めた。このままでは敗北を待つばかりだが、聖剣はびくとも動かない。タンザナが己の剣を振り上げ、トドメを差しにかかった。

「……っ!」

 だがその時、メノウの脳裏にあるビジョンが浮かんだ。それは勝利に程遠い、その場しのぎの戦法だったが、他に選択肢は存在せず、メノウはそれに賭けることにしかなかった。

「では……ごきげんよう!」

 タンザナの剣が打ち下ろされる瞬間、メノウは聖剣を握る手に力を込めた。次の瞬間、彼女の聖剣の刃が粉々に砕け散る。

「なっ……」

 だが、その結果に思わず声を漏らしたのはタンザナのほうだった。彼女の聖剣が届く前に小さな破片として散らばっていったメノウの聖剣の刃は、そのままあさっての方向へと飛んでいき、上空へと逃げ延びた。一方、タンザナの手から逃れたメノウは、柄だけ残った聖剣を手に、床へと目掛けて落ちていく。

(……よし、これで次はあの刃の破片を操って……)

 メノウは受け身の態勢を取りながら、次の手を考え始める。だが、マンティコアの尾が、それを許さなかった。密かに彼女の体を捉えていた毒針が、絶望へと誘うように妖しく煌めく。

(……そう簡単には行かないか)

 メノウは自嘲気味に微笑むと、受け身の態勢を放棄し、運命を受け入れるように両手両足を投げ出した。その直後、マンティコアの尾が彼女の胸を一刺しに貫いた。

「……ウォン」

 その最後を儚むように、タンザナの頭上のウォンバットが一声鳴くと、空間全体が光に包まれ、そのまま静かに収束していった。

第2部 #3 【目覚める脅威】 完

次回 第2部 #4 【月夜に嘲う】

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