プリンセス・クルセイド #2 【太陽のプリンセス】1

 ガーネットには夢があった。

 彼女が生まれたサンドベウスの名物、コロシアム。国の文化財として保護されているその場所は、年に一度の武芸大会で有名だ。大会では王都から集結した腕自慢の騎士たちが剣の技を競い合う。その勇姿に、幼き日の彼女は心を奪われた。いつの日か自分も騎士となり、このコロシアムで闘うのだと自分に誓った。

 夢見る者の成長は早い。彼女は年月とともに剣の腕を上達させ、見事王都に騎士として迎えられた。それも、城に勤める王家直属の騎士団だ。こうして、彼女の夢は無事に叶えられたかに思えた。

 だが、夢見る者が歩みを止めることはない。夢というものは、一つ叶えるとまた次が生まれてくるものだ。 ガーネットの新たな夢は、初めて王子の前に傅いたその時に花開く。

「……ガーネット、君の噂は聞いている。このアキレア・シュワーヴの下で、存分に力を発揮してくれ」

 そう言って微笑む彼の姿が、彼女の心の中に焼き付けられた。夢見る者に再び成長の機会が与えられた。いつの日か、この国で一番の騎士となる。そして願わくば、王子に見出されて彼の妃となる。ガーネットはそう決めた。見果てぬ夢と、笑う者がいるなら笑えばいい。

 未来はいつも、夢見るもののためにある。ガーネット、19歳の春。王の訃報がもたらせれた。国中が悲しみに打ちひしがれる中、彼女に千載一遇のチャンスが訪れる。不届き千万と後ろ指を差すものがいるなら差せばいい。この機を逃してなるものか。このプリンセス・クルセイドを勝ち抜き、自分が王の妃となる。

「……そうだと言うのに!」

 半ば怒りの込められたガーネットの剣は、またしても空を切った。剣を構え直す暇もなく、反撃に備えて後方へとステップした彼女の鼻先を、敵の剣がかすめる。彼女の紺色の髪が数本切られて落ちていった。

 プリンセス・クルセイド開催初日であるこの日、ガーネットには不運にも警備の仕事が入っていた。逸る気持ちを抑えながら勤務を終えたまさにその時、城外から対戦相手が現れた。馬に乗り、ドレスを着た茶髪の女性。二人は無言のまま聖剣を抜いて切り結んだ。その瞬間、別の空間に飛ばされてきたのだ。

 この空間の名はチャーミング・フィールド。その景色は、あたかも観客席に周りを囲まれた円形闘技場のようだった。ガーネットの故郷のコロシアムによく似ている。当然、地の利は彼女にあるように思われた。

「さあ、覚悟なさい! 貴女を倒して、わたくしがこの戦いの一番槍をあげさせていただきますわ!」

 だが、目の前で剣を構え直す茶髪の女性は意気揚々としている。その茶色い瞳は爛々と輝き、己の勝利を信じて疑わないかのようだ。チャーミング・フィールドに飛ばされて来たとき、彼女の着ていたドレスは騎士のような服に代わった。背中には銀色のマントがついている。ガーネットのほうは、元々着ていた衣装とさほど変化はなかったが、マントの色だけは紺色に変わっていた。しかし、本職の騎士であるガーネットよりも目の前の女性のほうが、どこかこの出で立ちに相応しいように見えた。何者かも分からぬ相手だが、その事実が女性の言動と相まって、彼女の心に火をつける。

「一番槍? 寝言言ってるんじゃない!」

 ガーネットは気合を込め、剣を光り輝かせた。そして横薙ぎに振り抜くと、刃の先から波動が放たれる。これぞ斬撃波。チャーミング・フィールドでのみ使用可能な剣技だ。女性との闘いにリズムを掴めずにいたガーネットは、再度間合いを詰める代わりに遠隔攻撃に出たのだ。

「はあっ!」

 しかし、女性も同じように剣から斬撃波を発射してきた。二つの波動が空中でぶつかり合って消滅する。ガーネットにとって、この結果は織り込み済みだ。城内でプリンセス・クルセイド開戦の噂が流れて以来、彼女は事前にいくつかの予備知識を仕入れていた。それによると、チャーミング・フィールドでの闘いにおいて、斬撃波は誰もが使える牽制技に過ぎないらしい。しかし、聖剣にはそれぞれ違った特別な能力があるらしく、それが戦いの勝敗の鍵を握るとのことだ。つまり、今ここで重要なのは、自分の呼吸を取り戻すことと、その聖剣の能力とやらを引き出すのに十分な時間を稼ぐことだ。

「お前にやられる私じゃない。私はこの国の騎士だ!」

 決意を口にした時、ガーネットの脳裏にある直感が浮かんだ。その直感に従い、彼女は聖剣の柄から左手を離した。その手は、柄を握る形を保持したままだ。

「……」

 目の前の女性が無言のまま身構えている。やがてガーネットの左手はから光が生まれ、彼女の聖剣と瓜二つの形を取った。これがガーネットの脳裏に浮かんだ直感の正体であり、彼女の聖剣の持つ能力ということらしい。ガーネットは二つの剣を横にして、平行に構えてみせた。

「ふっ、貴様にこの剣が見切れるかな?」

「……あら?」

 ガーネットの威圧の前に、女性はあっさりと構えを解いた。そして剣を逆手に持ち替え、柄の部分が上になるようにする。

「……どうした? 何をしている?」

 訝るガーネットをよそに、女性は剣の柄頭を叩く。すると、光の中から水晶玉が現れた。水晶玉はしばらく空中で静止すると、吸い付けられるように女性の手の中へと収まった。

「……無粋な真似をしてくれますわね……」

 女性は水晶玉を覗き込み、不機嫌に呟いた。

「ほう、どうやら他でも闘いが行われていたようだな……何かあったのか?」 

 聖剣から生み出されるこの水晶玉を覗くと、チャーミング・フィールド内での闘いの様子をすべて見ることが出来る。それだけでなく、闘いが終わると聖剣を通じて他の参加者にもそれが分かるようになっているらしい。どうやら女性のほうも、プリンセス・クルセイドについては予習済みのようだ。

 ガーネットも聖剣から何か伝わってくるものを感じ、一旦構えを解いて自らも水晶玉を取り出し覗き込んだ。中には金髪の少女が巨大な斬撃波を放ち、黒髪の女性を倒すところが映っていた。目の前の女性は、これを見て憤慨していたのだろう。どうやら、水晶玉は闘いの様子を振り返ることも出来るようだ。さすがにここまでは、ガーネットも知らなかった。

「……一番槍は他に取られたみたいだな」

 女性を軽く挑発しながら、ガーネットは水晶玉を聖剣の柄頭で叩いた。そうして水晶玉が消滅するのを確認してから、今一度両手に持つ剣を、今度はより実戦的な姿勢に構え直した。

「そのようですわね。まあそういうことですから……」

 女性も同じようにして水晶玉を消滅させる。その茶色の瞳には、いくらか落胆の色が見えた。

「……ここは格好つけずに、一瞬で決めさせてもらいますわ」

 女性はそう呟きながら、悠長に剣を構え直そうとした。だが、その一瞬を逃すガーネットではない。一気に間合いを詰め、切り込んでいく。今や戦闘のリズムは彼女のほうに傾きつつあった。しかし、女性がこの闘いについてある程度の知識を有していることが分かった以上、聖剣の能力を発揮させられる前にカタをつけるべきだ。彼女の剣を折って闘いから排除し、王子の隣へと一歩前進するのだ。

「……もらった!」

 勢いよく踏み込んだガーネットの剣は、二本とも女性の聖剣を捉えたかに思えた。次の瞬間、金属片が舞い飛ぶ。

「なっ……」

 しかしそれは、ガーネットの聖剣から飛び出たものだった。光の剣は雲散霧消し、もう姿がない。同様に、女性の剣もその原型を留めてはいなかった。

「な、何だそれは……」

 ガーネットは驚きで目を見開いた。女性の武器が、いつの間にか薙刀に変わっていたのだ。一体、どこに隠し持っていたと言うのだろうか。いや、聖剣を折ることが出来るのは聖剣のみだという話だ。ということは、剣が薙刀へと変形したということだ。つまりこれが、彼女の聖剣の能力なのだ。

「確かに貴女は騎士で、剣術は得意かもしれません……」

 女性は一言呟くと、演舞のように薙刀を振り回し始めた。流れるようなその動きは、ガーネットにかつてのコロシアムでの闘いを思い起こさせる。

「……ですが、私は武芸十八般の達人。格が違いますわ」

 やがて演舞が終わり、女性が勝ち名乗りを上げた。同時に、空間が収束して始める。おぼろげになる視界の中で、ガーネットは折られた自らの聖剣と女性の姿とを見比べた。その時初めて、彼女は自分が敗北した事実と、目の前の女性の正体を認識した。

「そ、そうか。貴女は……」

 彼女は武芸十八般の達人にして、マクスヤーデン王国の次期女王。名前はイキシア・グリュックス。またの名を、太陽のプリンセス。

2へ続く




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