プリンセス・クルセイド #6 【悪意の足音】 4
エアリッタの街には、2つの主要な大通りがある。1つは工房が立ち並ぶ職人街で、もう1つは市民の生活の要となる商店街だ。その商店街の中を、アンバーは当てどなく半ば彷徨うようにして歩いていた。
「……一体どうしろって言うの……」
アンバーはため息交じりに不平をこぼした。商店街の道は、理路整然と区画が整えられている職人街と違い、複雑に入り組んでいて高低差も激しい。故にタンザナの財布を盗んだ犯人を捜すため、三手に分かれようと提案したイキシアに対して、土地勘のある自分がこの範囲を担当すると申し出たアンバーの行動は正しかった。しかし、そもそもの大問題は少しも解決されていない。盗人の性別や体型といった特徴が、何一つ分からないのだ。
「本当に盗まれたのかなあ……」
さすがに歩き疲れ、道端に備え付けられたベンチに腰掛けながら、アンバーは訝しげに呟いた。ウィガーリーは王都ではあるものの、比較的小規模な街だ。住民のほとんどはお互いに顔見知りの上、人の出入りも多くはない。さらに先代王の尽力により、治安はかなり安定しているはずだ。そんなこの街で19年生きてきたアンバーにとって、タンザナの被害はまさに寝耳に水だった。しかし盗まれたのでないなら、どこかに落としたか忘れたかということになる。
「……そうなると余計に大変だな……」
「どうした、浮かない顔をして」
俯いてため息を吐こうとしたところに、聞き覚えのある声がした。アンバーが顔を上げると、目の前に赤毛の少女があった。
「メノウさん……」
「何か悩みごとか? まあ、君の場合は大きな悩みがあるだろうが……」
メノウはアンバーの隣に腰をかけた。
「私も君のために力を尽くすつもりだ。だから、君には目の前の闘いに集中してほしいと思っている」
「ありがとうございます。でも今は、ちょっと別の問題があって……」
「別の問題?」
アンバーはメノウにタンザナのことを話した。
「……成程な。それで君は彼女と一緒にいたのか」
「まあ、成り行きというか……でも、この街にスリなんかいないですよね」
「……心当たりはある」
メノウは意味深長に顔をしかめた。
「えっ、心当たりって……?」
「昨日、食堂でラリアという女性に会ったな」
「はい……タンザナさんが倒して、騎士の方に引き渡しました」
アンバーは食堂での胡乱なラリアの振るまいと、奇怪なタンザナの戦闘を思い浮かべた。
「彼女はジェダイトの手下だったわけだが、実は他にもああいった手合いがいるらしい」
「そんな……」
アンバーの声には憤りが込められていた。
「この街に……そんな悪意を振りまくなんて。ジェダイト、許せない」
「……ああ、許せないな」
言葉とは裏腹に、メノウの態度は冷静だった。彼女は腰に差していた聖剣をおもむろに外すと、柄頭を叩いて水晶を出現させた。
「メノウさん、どうしたんですか?」
「私はジェダイトを探しているんだが、チャーミング・フィールドにいる可能性もあると思ってな。定期的に確認しているんだ」
メノウはそう言って水晶を覗きこみ、しばらくしてからハッと息を呑んだ。
「これは……」
「どうかしたんですか? ジェダイトがいたんですか?」
「いや、闘っているのは……あ~……」
言葉に詰まるメノウの返事を待つ間、アンバーも自分の剣の水晶を取り出し、中を覗きこんだ。
「「イキシアだ……」」
2人の声が完全に同期した。水晶の中では、マクスヤーデン国の王女がおよそプリンセスらしからぬ声を上げながら敵に襲い掛かっているところだった。
5へ続く
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