プリンセス・クルセイド #4 【戸惑いと友情】 1

 アンバーはキッチンに立ち、朝食の準備をしていた。お盆に2人分の食事を乗せようとして一瞬ためらう。

「……あっ、これでいいのか」

 しかし、思い直して料理を乗せ直した後、一言独りごちてから食卓へと持っていく。

「朝食、できましたよ」

 食卓に入ると、アンバーは先に席に着いていた茶髪の女性に声を掛けた。

「ありがとうございます、アンバー。良い香りですわね」

 茶髪の女性、マクスヤーデン王国のイキシア王女は読んでいた新聞を一旦畳み、食卓の上に置いてあったコーヒーを一口だけ飲むと、またすぐに広げて読みだした。

「熱心に読んでいるようですけど、何か気になる記事でもあるんですか?」

 その様子を見て、アンバーは配膳しながら王女に質問した。

「……この新聞、手触りがマクスヤーデンのものと違いますわね……」

 紙面の隅を軽くこすりながら王女が呟いた。どうやら、真剣に記事を読んでいるわけではないようだ。それでもアンバーが食卓に料理を並べる間に、一通り目を通していく。

「……これは!」

 最後の料理を配り終えた時、イキシア王女が息を飲むようにして声を出した。そして覆いかぶさるように紙面に顔を近づける。

「ああ……なんと凛々しいのでしょう……」

「えっと……何の記事を見ているんですか?」

 アンバーは王女の後ろに回り込んで新聞を覗いた。紙面には、ウィガーリィ王国の王子の顔写真が載っている。

「アキレア王子ですね。プリンセス・クルセイドのことでも書いてあるんですか?」

「王子……素敵なお顔です。アンバー、額を持ってきてくれますか?」

「そんな物、都合良く余ってないですよ。それより、早く食べないと料理が冷めちゃいますよ」

 アンバーは王女に窘めるように話してから、自分の席に着いた。

「もっともです」

 イキシア王女は新聞を即座に、しかしおそらくは王子の顔写真を台無しにしないようにと丁寧に折りたたみ、食卓に向き直った。食卓の上には、きつね色にこんがり焼かれたパンと、ほどよく油の染みたベーコンと目玉焼きとが並べられている。

「いい香りですね……食後のデザートは何かありますの?」

「あの……リンゴなら切ってお出しできますけど」

「……アンバー、わたくし前から思っていたのですけれど……」

 突然、イキシア王女の声色が変わり、アンバーの顔を見つめてきた。いつかチャーミング・フィールドで対峙した時の、あの鋭い目つきがその端正な顔に現れる。

「な、何か……?」

 それを見てアンバーは少し怯んだが、王女は構わず話を続けた。

「もっと普通にお話ししてもよろしいのですよ。貴女はわたくしの国の人間でもないことですし……」

「それって……友達みたいに話していいってこと……ですか?」

 アンバーは注意深く伺いを立てた。王女の目つきは、よく見ると闘いの時ほど鋭くはない。しかしそれ以前に、一国の王女と対等に話すのは気が引けけてしまう。

「……まあ、無理にとは言いませんけども」

 王女はそう言ってパンを口に運びかけた。しかしすんでのところで思いとどまり、一度パンを皿に戻してから手を合わせる。

「いただきます」

「あ……いただきます」

 アンバーもつられて手を合わせた。イキシア王女は今度こそパンを食べようとした時、玄関のベルが鳴った。

「お客さん……? ちょっと見てきますね」

「まったく、間の悪い……」

 輿の冷めた様子のイキシア王女がまたもやパンを皿に戻すのを横目で見ながら、アンバーは食卓を離れて玄関へと向かった。扉を開けると、そこには城の騎士が一人立っていた。騎士は女性で、アンバーの顔なじみた。

「ああ、ガーネットさん。おはようございます」

「おはようございます、アンバーさん。お父上はおられますか?」

「えっと……父は……」

 アンバーは視線を二階に走らせた。父の事を打ち明けるには、絶好の機会と相手といえる。このまま闘いを続けるよりも、城の人間に助けてもらったほうが、父を確実に助けられるのではないだろうか。

「あの……まだ寝ていて。昨日は少し遅かったものですから」

 しかし、アンバーは何故か正直に答えることができず、気が付くと嘘をついていた。

「そうですか。それでは、後でお伝え下さい。今日は街の結界を張り直す日であると」

 ガーネットの言葉を聞き、アンバーの脳裏から一瞬父の問題が吹き飛んだ。

「えっ! でも、この前張り替えたばっかりですよね!?」

「事情があるのです。実はここ最近……」

「なんですの、大きな声を出して……」

 アンバーの叫び声を聞きつけて、家の中からイキシア王女が顔を出した。

「……あら、貴女は」

「おはようございます、イキシア王女……先日は失礼いたしました」

「……いいえ、こちらこそ」

 ガーネットが恭しくイキシア王女に頭を下げ、王女もまた、彼女に応じるようにして軽く頭を下げる。どうやら、彼女たちもお互いに顔見知りのようだ。

「宿におられないとお聞きしていました。できれば戻っていただけないでしょうか?」

「いやですわ」

「……そう答えるだろうとは、王子も仰っていました」

 ガーネットはややため息がちに答えたが、イキシア王女は気にしていない様子だった。それどころか王子という言葉を聞いた時、彼女が片頬を上げていたのをアンバーは見逃さなかった。

「では、王女もお聞きください。このところ、街の周辺で魔物が多くみられるようになったのです。調査をしたところ、結界に問題があることが分かりました」

「この街を守っている結界ですわね?」

「はい。元々年に一度張り直しているのですが、それが弱まっているということで……そういうことですので、本日は外出を控えて下さい」

 ガーネットはそう言って頭を下げた。

「でも……魔物は騎士の皆さんが退治してくれるんでしょう?」

「もちろんです。ただ、万が一ということもあります。特にイキシア王女は、慣れない土地ですのでくれぐれも用心なさってください」

「分かりました。しかしそういうことなら、今日は宿に帰る訳にはいきませんわね」

「……では、失礼いたします」

 イキシア王女が軽口を叩いたが、ガーネットは表情を崩さずに話を終え、そのままもう一度頭を下げてから退出していった。

「イキシア王女、今日は退屈してしまいそうですね」

 そう言いながらも、アンバーはほっとした気持ちだった。少なくとも今日は、プリンセス・クルセイドを闘わなくて済みそうだ。

「……アンバー、聖剣は何のためにあるか知っていますか?」

 しかし、イキシア王女は不敵な笑みを浮かべていた。

「何のためにって……プリンセス・クルセイドをするためじゃないんですか?」

「いいえ、魔物と戦うためです」

「ああ、そうでしたね……」

 王女に言われて、アンバーは学校で習ったことを思い出した。聖剣とは本来、魔物と戦うために古代の魔術師たちによって特殊な魔術をかけられた剣であるということを。

「ということで、行ってきますわ」

「行ってくるって……?」

 声をかける間もなく、イキシア王女は聖剣を手に走り出していった。

「ちょ、ちょっと……イキシア!?」

 相手から提案してきたこともあり、思わず王女のことを呼び捨てにしてしまったが、彼女はもう声の届かない所に行ってしまっていた。

「行っちゃった……」

 アンバーは通りに呆然と立ち尽くした。

「……痛っ!」

「うわっ……」

 不意に背中に衝撃を感じ、アンバーは前方に倒れかけた。

「危ないっ!」

 地面にぶつかる寸前、声と共に右腕を強く引っ張られ、なんとか激突を免れた。

「あ、ありがとうございます。私、ボーっとしてて……」

「だが、今日は泣いていないみたいだな。安心したよ」

 咄嗟に謝ったアンバーの耳に聞き覚えのある優しい声が聞こえた。支えられた腕の先を見ると、そこには赤毛の少女がこちらの腕を掴んで立っていた。

「メノウさん!?」

「前に会った時もこんな感じだったな。君が元気そうで良かった」

 そう言って、メノウは優しく微笑んだ。

2へ続く


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