プリンセス・クルセイド #4 【戸惑いと友情】 2

 アンバーは改めて目の前の少女をまじまじと眺めた。赤毛に緑色の瞳、聖剣を腰に差しているその姿は、間違いなくメノウだ。

「私の顔に何かついているか?」

 そう言ってメノウは、いたずらっぽく自分の顔を触った。その手は繊細で美しく、白魚のように透き通っている。

「……」

 その姿を見て、アンバーはある種の奇妙な感覚に囚われた。メノウは間違いなくそこにいる。しかし、どこか非現実的な雰囲気が漂っていた。大袈裟に言えば、時折プリンセス・クルセイドの闘いの中で蘇る彼女の姿のほうが、よほど現実的で鮮明な姿に感じてしまう。今の彼女は――おそらく以前からそうだったのだろうが――どこか作り物で、この世とは別の世界の存在であるかのように見える。

「……どうした? 気分でも悪いのか?」

 アンバーがあまりに押し黙ったまま顔を眺めていたために、メノウが訝るように顔をしかめた。

「いえ……あの、えっと……」

 アンバーはその場を取り繕うとして、頭を巡らせた。そうは言っても、適当な話題が見つからない。

「この前は、本当にありがとうございました」

 結局、先日のお礼を言って頭を下げた。

「お礼を言われるようなことは何もしていない。私はむしろ助けられたほうだ」

「そんなことないですよ。だってメノウさんは……」

 否定するメノウの緑の瞳を見ながら、アンバーは微笑んだ。

「私が一人ぼっちで寂しい時に隣にいてくれましたから」

「……そうか。そう言ってくれるとありがたい」

 メノウはこちらの言葉を真剣には受け取ってくれなかったようだった。それでも、アンバーは本気だった。父がジェダイトに連れ去られたあの日、メノウは一緒にジェダイトのところに行ってくれた。そして取り返した父を結晶体から救いだせないと分かった時も、傍にいて解決法を教えてくれた。ジェダイトを直接退けたのはアンバーだったが、そんなことは些細なことだ。あの日にメノウが来なければ、そもそもジェダイトに立ち向かえなかったし、今日こうして笑って話もしていられない。

 アンバーがそんなことを考えている間、メノウはしばらく押し黙って街の入口の方角を向いていた。

「今走っていったのは、イキシア王女だな。相変わらず忙しない人だ」

 メノウが呟くように口を開いた。

「メノウさん、王女とお知り合いなんですか?」

 メノウの発言を不審に思ったアンバーが尋ねると、にわかにメノウの顔色が変わった。

「い、いや……少し見かけたことがあるくらいだ。だからその……実際の性格までは知らない」

 メノウは明らかに動揺していた。嘘をついていることは明らかだ。しかし、その嘘が一体どこにあるのかはアンバーには分からなかった。イキシア王女の性格が分かっているようなふりをしたことなのか、それとも王女との関係のことなのか、あるいは――もっと大きな嘘をついているのか。

 しかし、そのうちのどの嘘にも適当な理由があるとは思えなかった。アンバーに知ったかぶりをしたところで、メノウには何の得も無い。王女と知り合いではないふりをしても仕方がないし、それ以上の嘘をついているなどというのは、最早妄想の世界である。結局アンバーは、メノウが王女との関係を隠しているということで納得することにした。プリンセス・クルセイドで闘う以上、特定の参加者と交流があるのは具合が悪いのだろう。

「……」

 そこまで考えて、アンバーは急に不安になった。

「……どうした。何か悩みでもあるのか?」

 その不安が表情に出ていたのか、メノウが心配そうに声を掛けてきた。

「あの……メノウさん。私は昨日、プリンセス・クルセイドに勝ったんです」

「……そうか。よかったな」

 メノウの答えは淡々としていた。そして、まるでアンバーの次の言葉を誘うかのように口を閉ざす。

「いいえ。よくありません」

 その誘いに乗るようにして、アンバーは自分の心情を吐露した。

「私が剣を折った相手には、しっかりと闘う理由がありました。それなのに、私だけが闘いに残ってしまって……私は自分のために、他の誰かを傷つけたんです」

「そういうこともあるだろうな」

 メノウの答えにはまだ感情がこもっていなかった。あたかも、こちらがまだ核心に触れていないことを見抜いているかのように。

「だから、このまま闘えば……いつか大切な人も傷つけてしまうんじゃないかって……例えば――」

「イキシア王女だな?」

 メノウがアンバーを遮って答えた。

「ええ、そうです。王女がいなかったら、私は闘い方を知らないままでした。そんな彼女とは闘えません」

「王女は気持ちのはっきりした方だ。例え、その……王子に辿り着かなかったとしても傷つくようなことは……あるまい」

 メノウの言葉は妙に歯切れが悪かった。まるで自分に言い聞かせているような響きがある。

「……メノウさん?」

「だが、君がそう思ってしまうのは問題だな……」

 訝るアンバを遮り、メノウは小さく呟いた。そして、王女の走り去っていった方向を再度見つめる。

「王女は魔物を退治しに行ったんだな?」

 出し抜けにメノウが尋ねる。

「はい……聖剣は魔物を倒すためにあるとか言って」

「そうか……ついてきてくれ」

 アンバーの返事を確認すると、メノウは決然として歩き出した。

「ついてきてって……?」

 質問に答える間もなく、メノウは先に行ってしまった。出遅れたアンバーは、その背中を追っていく。あの日と同じ様に。

3へ続く


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