プリンセス・クルセイド #1 【剣を持つ刻】3

 市場には、いつの間にか人だかりができていた。その中心には立札が一つ。ウィガーリーの王室が、民衆に対してお触れを出す時に用いるものだ。お触れには、以下の文言が書かれている。


 この度のヘクター・シュワーヴ王の逝去により、次の者に王位が継承される。

・アキレア・シュワーヴ王子

 正式な王位継承に際しては、王子の婚姻が求められる。このため掟に従い、プリンセス・クルセイドを行うこととする。尚、プリンセス・クルセイドの開催要項は以下のとおりである。

1.国内外問わず、聖剣を所持している人物が参加資格を持つ。

2.参加資格を持つ者との交戦を以て、プリンセス・クルセイドへの参加とする。

3.交戦中に聖剣を折られた参加者は失格とする。

4.最後まで聖剣を折られずに勝ち残った者をプリンセス・クルセイドの勝者とする。

5.プリンセス・クルセイドの勝者には、王子との婚姻と王室秘蔵の杖による魔術の使用が認められる。

以上

「プリンセス・クルセイドだって? あの、学校の教科書に載っていたやつか?」

「王子の結婚相手を決めるための闘いってことか……」

「聖剣……たしかウチにもあったよな……」

 立札を読んだ人々が、口々に思い思いのことを口走る。その様子を遠巻きにして、一人の赤毛の少女が立っていた。

「……本当に始まってしまったんだな」

 少女はその緑の瞳に映る光景を眺めながら呟くと、人だかりに背を向けて歩き出した。腰に差した剣が上下に揺れるほど、その足はせわしなく動く。

「何を迷っている? 私が自分で決めたんじゃないか。それも昨日の話だ。今さら……今さら何だって……」

 独りごちながらも少女は歩を進め、市場を抜けて石畳の通りへと向かっていった。民家と職人の工房が立ち並ぶその通りを歩く足は、徐々に速度が増していく。そのせいで、彼女は目の前を歩く者の姿に気がつかなかった。

「痛っ!」

「あっ……」

 ぶつかった相手は小さく声を漏らしたかと思うと、力なく膝から崩れ落ちた。彼女の長い金髪が、石畳の上にはらりと落ちる。

「すまない。怪我はないか?」

 返事は返ってこなかった。不審に思い、赤毛の少女は金髪の少女の正面へと注意深く回り込んだ。俯いたその顔からは、水滴が落ちているのが見える。

(泣いている……?)

 その理由を確かめようと、赤毛の少女は金髪少女の姿を観察した。だが、純白のエプロンドレスには目立った汚れは付いておらず、体を支えるように石畳の上につかれた白く細い腕にも傷は見られない。

「どうした? 何を泣いている?」

「すみません。貴女には……関係の無いことですから」

 俯いたまま答える金髪少女。その声は儚げに、しかし美しく赤毛の少女の耳に届いた。

「いや、泣いている人を放ってはおけない」

 赤毛の少女は一歩も譲らなかった。その態度に、金髪少女が顔を上げる。彼女の蒼い瞳は、涙を湛えて煌めいていた。

「……父が……連れ去られたんです。女の人に」

「連れ去られた? 一体何故……」

「分かりません。返して欲しかったらこれを持って丘の上の小屋まで来いと言われました」

 金髪少女はゆっくりと立ち上がると、腰に差していた聖剣を赤毛の少女に差し出した。柄と鞘が白く、幅はやや広めのシンプルな剣だ。

「これは……聖剣?」

 赤毛の少女が剣を受け取り、視線を走らせる。やはり聖剣に違いない。

「母の形見なんです」

「……成程。君のお父上を連れ去った者は、これが狙いというわけか」

 赤毛の少女は納得したように頷くと、剣を金髪少女に返した。そしておもむろに後ろを振り向く。視線の遥か先、街外れの丘の上に一軒の小屋が見えた。

「丘の上の小屋というのはあれだな。お父上はいつ連れ去られた?」

「ついさっきのことです。風が吹いて、一瞬で消えてしまって……魔術か何かだと思います」

 幾分か落ち着いてきた金髪少女が、事件当時の状況を説明する。

「風の魔術か……厄介な相手だな。他に犯人の手がかりはあるか?」

「父の工房に、これが落ちていました」

 金髪少女が、服のポケットから一通の書簡を差し出した。赤毛の少女はそれを走り読みすると、ある一点で視線を止めて表情を曇らせる。

「……どうかしましたか?」

「……私も一緒にお父上の所に行こう」

 心配そうに尋ねる金髪少女に、赤毛の少女は出し抜けに言い放った。

「えっ……どうして?」

「許しておけないんだよ。こういう卑怯な奴は」

 金髪少女が戸惑いを見せるのにも構わず、赤毛の少女は書簡を突き返した。そして踵を返し、決然と歩き出す。

「待ってください。せめて名前だけでも……私は、アンバー・スミスといいます。貴女は?」

 出遅れたアンバーの問いかけに、赤毛の少女は振り向きもせすに答える。

「私の名は……メノウ」

4へ続く


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