プリンセス・クルセイド #3 【心の剣】 5

 エアリッタの宿場街にある、来賓用レストランの席に着いたミーシャは、どこか肩透かしを喰らったような感覚だった。こんなものか。というのが素直な感想だった。

 キラキラしたシャンデリア。純白のテーブルクロスの上に、燭台が置かれたテーブル。クッションがフカフカの椅子。ウェイターを始めとしたスタッフの小奇麗な服装。赤い絨毯。その全てが絡み合い、見たことも無い程の優雅さを醸し出していたが、どこか期待外れに見えた。

 それはもしかしたら、周りにあまり客が居ないせいかもしれない。まだ日も暮れて間もないので、晩御飯にはまだ早い。

(……あっ、しまった!)

 そこまで考えて、ミーシャはハッとした。

「……どうしましたか、ミーシャ」

 顔に出てしまったのか、向かいに座るエリカ姫が、読んでいたメニューから顔を上げて尋ねてきた。

「えっと、晩御飯までに家に帰らないと……お母さんに怒られ……ます」

「まあ、そうでしたの? それでしたら、ええと……」

 エリカ姫が慌ててメニューのページをめくりだした。その姿を見て、ミーシャは申し訳ない気持ちになった。もっと早くに思い出せれば良かったのだが、エリカ姫に出会えた感激ですっかり舞い上がってしまっていた。

「……何か甘い物でも召し上がるのはいかがでしょうか? それとお飲み物。それならすぐに済みますし、お家でも食事ができるかと……」

「そうですね……そうします」

 ミーシャはエリカ姫が手渡してきたメニューを開いた。文字しか載っていないページを後ろに進み、デザートのページまで辿り着く。もちろんここにも文字しか載っていないが、ミルフィーユが何だか分からないミーシャではない。

「じゃあ、オレンジジュースと……チョコパフェを」

「私も同じものを頂きましょう。では、ウェィターの方に……」

 エリカ姫がウェイターを探して辺りを見回す間に、ミーシャの心にはわだかまりが生まれていた。

(エリカ姫……怒らせちゃったかな)

 自分の知らない魔術の話をしてくれたエリカ姫に、彼女のようになりたいと自分の気持ちを正直に伝えたら、エリカ姫の態度は一変してしまった。おそらく興奮のあまり、失礼な態度を取ってしまったのだろう。ミーシャは自分の気持ちを抑えることにした。いつもなら、こうしてエリカ姫と同じテーブルを囲んでいるだけで幸せなのだが、ここは態度に出さないことにした。

(……エリカ姫に会えて、せっかく楽しかったのに。私ってダメだな)

「……いらっしゃいませ」

 思わず顔を伏せてしまった時、入口からウェイターが客を出迎える声がした。顔を上げると、煌びやかなドレスを身に纏った茶髪の女性と目が合った。女性は半ば駆け寄るようにしてこちらの席に近づいてくる。

(……あんな人、知り合いにいたかな?)

 ミーシャが心当たりを探るまでもなかった。女性の歩く軌道が、ミーシャから僅かにそれていく。

「……ごきげんよう、イキシア」

 機先を制するようにして、エリカ姫が女性に挨拶した。

「ごきげんよう。エリカ……貴女もいらしてましたのね」

 イキシア王女も挨拶を返した。どうやら、ミーシャの事は彼女の眼中に無いようだ。

「ええ。イキシア、貴女はプリンセス・クルセイドに来たのですね?」

「当然ですわ。わたくしは王子と結婚する運命なのですから」

 イキシア王女はそう言うと、一瞬うっとりするような目をした。

「ですが、貴女はどうしてこちらへ? まさか、貴女も王子を?」

「私は……」

 エリカ姫が口を開こうとした時、後方からもう一人女性が現れた。どうやらイキシア王女と一緒に来ていた客のようだが、彼女の動きに遅れてしまったらしい。

「あの……イキシア姫、お知り合いの方ですか?」

 ブロンドの髪をしたその女性が、イキシア王女に問いかける。彼女の方は、ミーシャにも見覚えがあった。この街の人間だ。

「……アンバー、こちらはエリカ。ファムファンクのプリンセスですわ」

「……」

 イキシア王女に紹介されると、エリカ姫の表情が一瞬強張った。しかし、すぐにブロンド女性に向かって恭しく頭を下げる。

「初めまして。私はエリカ・ローゼンサルと申します。この度、プリンセス・クルセイドに参加するべくこの地へと参りました。以後お見知りおきを」

 エリカ姫の言葉を聞いて、ミーシャは体に電流が走るような衝撃を受けた。

「エリカ姫……王子と結婚するんですか?」

 プリンセス・クルセイドとは、昨日から突然始まった王子の結婚相手を闘いで決める儀式のことだ。ちょうどいい機会だからと、学校の先生が特別授業で色々と話をしてくれたのを、ついさっきのことのように覚えている。というか、本当についさっきのことだった。

「……ええ。そのとおりです」

 エリカ姫はミーシャの質問に答えながらも、視線は完全にイキシア姫の方を向いていた。

「……本気ですのね」

 イキシア王女がエリカ姫と視線をかち合わせ、不敵に笑う。

「もちろんです。折角ですから……」

 エリカ姫はおもむろに立ち上がり、腰に差していた剣を抜いた。ファムファンクの王家に伝わる聖剣だ。

「今ここで始めましょうか?」

「望むところ……と言いたいところですが、わたくし、今日はもう闘ってしまいましたので」

 イキシア姫はそう言って、アンバーの方に視線を送った。プリンセス・クルセイドの闘いは一日に一度だけ。ミーシャは今日の授業で先生がそう言っていたのを思い出した。

「闘いは明日ということに致しましょう」

「……分かりました」

 話が終わり、エリカ姫は着席し、イキシア姫もウェイターに連れられて別の席へと案内されていった。ウェイターの帰り際に、エリカ姫が先程の注文をする。

「……エリカ姫、本当に結婚するんですか?」

 料理を待つ間、ミーシャはエリカ姫に尋ねた。尋ねずにはいられなかった。

「本当です。闘いを勝ち抜けたらの話ですが」

「そうですか……」

 ミーシャはエリカ姫の顔を眺めた。ずっと憧れていた人が目の前にいて、何かを成し遂げたいと願っている。そう考えると、このまま何もせずにはいられなかった。

「……分かりました。私もお手伝いします」

「手伝い……?」

 エリカ姫は呆気に取られた顔をしたが、ミーシャの心は決まっていた。いつもは何となく授業お受けている彼女が、今日のプリンセス・クルセイドに関することをしっかりと覚えていたのには、確かな理由がある。

「……チョコレートパフェとオレンジジュースでございます」

 料理が運ばれてくるのを見ながら、ミーシャは計画を練った。家の物置の奥にしまわれた聖剣を、こっそりと持ちだす計画を。

6へ続く




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