プリンセス・クルセイド 第2部「ザ・ナイト・オブ・ヴァンパイア」 #5 【恐怖の化身】 4
「セヤーッ!」
カーネリアはほとんど怒声じみた叫びと共に斬撃波を放った。刃から飛び出した細く短い光の筋が、空間を切り裂くようにしてタンザナへと襲い掛かる。
「ふんっ!」
だがタンザナはこれを避けようとせず、逆にその豊満な胸を張るようにして正面から受け止めた。カーネリアの斬撃波が、彼女の身体に当たるとともに雲散霧消する。
「この程度の攻撃で――」
「ハーッ!」
だがタンザナが勝ち誇った直後、斬撃波が着弾したまさにその場所に、一気に間合いを詰めてきていたカーネリアの飛び蹴りが寸分違わず炸裂した。
「があっ!」
「ヤーッ!」
想定外の攻撃にタンザナが怯んだ隙に、カーネリアは一旦完全に彼女に体重を預けると、そこから脚の屈伸運動を利用して空中への捻り宙返りを繰り出し、近接戦の間合いから離脱した。
「セヤーッ!!」
そうしてタンザナから背を向けた形で後方に着地した直後、今度は連続バック転を放って広げた間合いを一気に詰めていく。
「……ふっ、愚かな……」
その流れるような動きを見ながらも、タンザナは思わず頬を緩めた。
この一連の流れは、彼女がこのフィールドで最初に見切ったカーネリアの動きとまったく同じであった。この後はバック転の勢いを乗せてのローリング・ソバットが放たれる。
そう見越したタンザナは、静かに身構えた。
「ハーーッ!」
しかして、彼女の予想どおりにことは運んだ。カーネリアは身体を捻りながらタンザナの至近距離で小さく飛び上がり、はらわたを貫くような右の回し蹴りを繰り出してきた。
「ふんっ!」
これを見たタンザナは、その蹴りを両手で抱えて受け止めると、そのままカーネリアの華奢な右足を強引にねじ切ろうとした。
「ヤ―ッ!」
しかし、足を取られた瞬間、カーネリアは逆にその足を軸にして左足をも振り上げ、そのままのしかかるようにして全体重をタンザナへとかけた。
「なっ……何をっ!」
タンザナが驚く中、カーネリアは肩車される形で彼女の上に乗りかかると、両脚で頭をロックした。
「ハーッ!」
そしてそのまま勢いに任せて身体を打ち振るい、カーネリアは地面へと両手を伸ばした。そして手が着地した瞬間、腕力を駆使して渾身のフランケンシュタイナーを繰り出し、足に挟んだタンザナの頭を強引に地面へと叩きつけにかかった。
「……ちっ!」
だが体勢が崩れる瞬間、タンザナは魔力を爆発させ、脚の拘束を解きにかかった。
「はあっ!」
「ぐうっ!」
爆発の衝撃で吹き飛ばされつつも、カーネリアは空中で身体を捻り、受け身を取って着地した。タンザナはその隙に体勢を立て直し、剣を身構えた。
「……なかなかやるわね。でも、その程度で私を倒せると思ってるの?」
「そっちこそ、そんなに余裕があるようには思えないけどね」
タンザナの挑発にカーネリアはそう答えると、もう一つの戦場のほうへと視線を走らせた。
その時ちょうど、アンバーの斬撃波がドラゴンを葬るところだった。
「ご自慢のドラゴンはあのとおりだよ」
「……所詮は魔力で生み出されたまがいものね。ドラゴン本来の気品も力もない」
タンザナは腹立たしげに舌打ちした。
「でも、私は違うわよ。私は本物のヴァンパイア。貴女方人間より優れた種族なの」
「……そうかな?」
「そうよ!」
ドラゴンを呑み込んだ光が晴れた瞬間、タンザナが一気に間合いを詰めにかかった。カーネリアは突撃の勢いに合わせ、カウンターの構えを取った。
このまま繰り出されるであろう斬撃を聖剣で受け止め、その反動を利用してタンザナのこめかみへのトラースキックを繰り出す――聖剣は折れるかもしれないが、それでかなりのダメージが入るはずだ。
カーネリアは瞬時にそう考え、タンザナの攻撃を待った。
「……ハアーッ!」
「なっ!? グアーッ!」
だが、その攻撃が放たれることはなかった。代わりにタンザナの身体が真横に吹き飛び、カーネリアの前には突如として赤毛の女性が現れた。
「……横槍を入れるような展開じゃなかったと思うんだけど」
「その聖剣を折られると、君はこの空間から退場させられてしまう。ここで君を失う訳にはいかない」
「……私の戦法が分かったの?」
「構えを見れば、そのぐらいはな」
メノウは淡々とカーネリアに答えると、油断なき目をタンザナに向けた。タンザナはすでに体勢復帰し、同じようにメノウを睨み返した。
「まったく、懲りもせずにちょこまかと……貴女の相手をするのは疲れるから嫌なのよ」
「だろうな。あのスピードが常に出せるなら、この戦いは一気に終わらせられたはずだ」
メノウは剣の刃を鞘に戻し、謹聴の構えに入った。
「お前の力は聖剣に由来するものではない。このチャーミング・フィールドでは消耗が激しい。もう分かってきてるんじゃないか?」
「そうかもしれないわね。でも、たとえそうだとしても……」
タンザナの瞳が怪しく光った。
「貴女を一人倒すのに支障はない。その後で、他の子たちを倒せばいい。そうでしょう?」
「……そう都合良くいくかな!」
挑発じみて微笑んだ直後、メノウが突然その場から真横に飛び退いた。
「何を……!」
不可解な動きに不意を突かれたタンザナだったが、すぐにその意図を理解した。メノウが立っていた背後から、太く長い光の束がこちらに襲いかかってきたのだ。
「ちっ!」
タンザナはメノウと同様に脇に飛び退き、アンバーの放った斬撃波の射線上から離脱した。その反動で体勢を崩し、膝を付いたタンザナの目の前に、金色に輝くペガサスから茶髪の女性が優雅に降り立った。
「……ドラゴン一匹葬ったからと言って……私まで屠れると思わないことね」
「貴女がどれほど自分に自信があろうと、わたくしには関係のないことです」
憎しみを募らせてさらに表情を険しくしたタンザナに向かって、イキシアは不敵に微笑んでみせた。
「何故なら、わたくしは太陽のプリンセス。月の怪物たる貴女に、格の違いを見せつけて差し上げますわ」
5へ続く