プリンセス・クルセイド 第2部「ザ・ナイト・オブ・ヴァンパイア」 #2 【ヴァンパイアハンター】 4
「つまりだ。これだけでかい屋敷があって、おまけに誰も入ってこない。じゃあ、隠れ家にする以外ないだろ」
ジェダイトは廊下を大股で歩きながら、誰にも悪びれることなくそう言った。その後ろを、アンバー一行は無言のままついていく。
「なんだい、無視か? 気を悪くするねえ」
「そんなことより、ヴァンパイアはどこにいるの?」
口を開いたのはカーネリアだ。ジェダイトは肩越しに後ろを振り向き、彼女の姿を確認する。
「あんた、さっきからそればっかりだな。他に言うことないのかい?」
「別に。ヴァンパイアのことがなかったら、貴女とも話そうとは思わない」
カーネリアは視線も合わせず、飄々とした態度でそう答えた。
「オイオイ、そりゃないだろ。こっちは返事が来てちょっぴり喜んだんだぞ。それをアンタ、そんな言い方されちゃあーー」
「黙らんか、ジェダイト!」
突然、ジュリアンが鋭い声で会話に割り込んだ。そして手にした杖を光らせ、ジェダイトの背中に向ける。
「があーーっ!」
ただそれだけで、ジェダイトが苦痛に叫んだ。そして両手にはめた手錠を振り回しながら、喘ぎ声とともに身悶える。よく見ると、手錠が杖と同調するように光り輝いており、それが彼女を苦しめているようだ。ジェダイトはしばらくそうした後、壁に手錠をぶつけるようにして強引に動きを止め、ジュリアンを挑発的に睨み付けた。
「……随分と気軽に……こいつを使ってくれるな。楽しんでるのかい?」
「貴様は罪人だ。もとより、制裁を加えるのに理由はいらない」
ジュリアンはそう答えながら、杖の輝きを収めた。
「そもそも、ベラベラと余計なことを喋る許可など与えていないはずだ」
「それは随分と横暴な……言論の自由ってヤツはどうした?」
「貴様にはない」
ジュリアンは冷たくそう言い放った。ジェダイトはしばらく未練がましそうに彼を睨んでいたが、やがて観念したように振り返ると、また歩みを進めた。
「……ねえ、ジュリアンさんってあんなに怖い人なの?」
一連のやり取りを黙って見ていたアンバーは、こっそりとイキシアに耳打ちした。
「普段はあのような感じではありません。ですが……例えば木登りコンテストといった危ない遊びに王子を誘った時などにーー」
「王子とそんなことして遊んでたの!?」
アンバーは驚きのあまり声を上げたが、イキシアはまるで他人事のように話を続けた。
「ーー誘った時などに、まあ、今のように痛烈に釘を刺してくることはありますね」
「そういうことなら分からないでもないけど……」
アンバーは話を切り上げ、いつの間にか開いていたジュリアンとの差を詰めるべく小走りになった。彼の足取りは速く、無駄話をしていると置いていかれてしまう。まるで、ジェダイト以外の人間には興味がないかのようだった。彼の隣にいるカーネリアも、同様にこちらを振り向くこともせず、淡々と先を急いでいる。彼女もまた、ヴァンパイア以外には関心がない様子だ。
(……カーネリアちゃんはともかく……ジュリアンさんはどうしてジェダイトをここに連れてきたんだろう?)
彼自身の説明によれば、ジェダイトがこの屋敷をアジトとしていた理由を調べるためだと言っていた。本来は宮廷魔術師が出張る仕事ではないように思われるが、ジェダイトは強力な魔力の持ち主なので、それに対抗しうるジュリアンが任命された――そういうことなのだろう。
(……でも、本当にそれだけなのかな?)
頭の中に残る疑惑を振り払えぬまま、アンバーはその後も集団に遅れぬように歩いていった。やがて一行は地下へと向かう階段へと差しかかった。
「……こちらは、ひょっとして……」
階段を下る途中で、イキシアがアンバーに目配せしてきた。
「……アンバー、大丈夫ですか?」
「ああ、うん……まだちょっと怖いけど……大丈夫だよ」
心配そうに話しかけてきたイキシアに、アンバーは微笑みながら答えた。二人の予想どおり、階段の行き着いた先は地下牢だった。
ここはアンバーが鎖に繋がれて囚われていた場所で、ジェダイトやその部下のアレクサンドラから酷い仕打ちを受けた苦い記憶がある。今こうして自由の身となって訪れてみても、やはり良い気分はしない。
「あの時は楽しかったねえ……アンタの可愛い泣き顔が忘れられな――」
雰囲気を察したジェダイトがアンバーに向かって挑発的に笑った時、再びジュリアンの杖が光った。
「があーっ!」
ジェダイトは痛みに叫びながら、バランスを失って牢の檻に体をぶつけた。ガシャンという鈍い音が地下に鳴り響いた後、ジェダイトが振り向きながらジュリアンを睨みつける。
「おい……今のは可愛い冗談じゃないか……まあ……言いすぎたかもしれないが……そこはつい、本音が出たと言うか……」
「……」
減らず口を叩くジェダイトに向け、ジュリアンが無言で杖を掲げた。
「待てって! もう……終わるから。着いたからさ」
ジェダイトがそれを見て、手錠に繋がれたままの両手を前に出して制止する。
「着いた?」
カーネリアが首を傾げながらジェダイトの後方にある石の壁を見つめた。
「ここ、行き止まりだよ」
「見た目はな。だが、アタシがここに居る理由が知りたいんなら、答えはここにある……」
ジェダイトはそう言って振り返ると、壁の石に手を触れた。すると突然、石が目も眩むばかりの明るさで光り輝いた。光は一瞬のうちに収まったが、最早そこに石の壁はなく、代わりに門の様なアーチ状の空間が現れた。空間の奥には、小さな部屋が見える。
「この隠し部屋に……色々と財宝が詰まっててね……アタシはそいつを奪いにきたってワケさ」
ジェダイトはそう言って大仰に頭を下げ、一行の入室を促した。
部屋の中は、宝飾品の入れられた箱や装飾の施された杖などが整然として置かれ、宝物庫じみていた。壁にはクローゼットが備え付けられ、その脇には棺桶が横たわっている。だが何より目を引くのは、部屋の中心に飾られた剣だ。
「あれは……聖剣? どうしてこんな所に……」
「おそらくは、この屋敷のものでしょう。こうして宝物庫に入れられているのを見るに、家宝として受け継がれてきたものでしょうね」
アンバーが驚いていると、ジュリアンが聖剣に近付き、注意深く手を触れた。
「……保存の魔術がかけられていますが、呪いの類は見られません。単純にこちらへ保管されているだけのようです」
「でも、一体誰が……」
「ヴァンパイアじゃない?」
クローゼットに向かっていたカーネリアが、会話に割り込んできた。アンバーがそちらのほうを見ると、クローゼットの中に裏地が赤い黒のマントが数点掛けられているのが見えた。
「これって、いかにもヴァンパイアっぽいよね」
「あるいは、相当なヴァンパイアマニアでしょうか」
イキシアがそう答えながら、棺桶の前に跪いて中身を確かめた。中は空っぽだったが、何故か底にシーツの様なものが敷き詰められ、頭の部分には枕が置かれていた。
「……かなりの入れ込みようですわね。どちらにしても、普通の人間の所有物ではなさそうです」
イキシアはそう言って立ち上がると、クローゼットの中と足下の棺桶を見比べながら、顎に手を当てて考える仕草をした。
「『分かれ道が見えたら、とにかく進め』……ですか」
「……イキシア、何を?」
イキシアの意味深な言葉をアンバーが問い質そうとした。時、不意にジェダイトの声が聞こえてきた。
「……おい、マジか」
次の瞬間、突風が部屋の中に吹きすさぶ。
「なっ……これは?」
「どういうことですの?」
「ああ……ああ、そういうことかい!」
目も開けられない突風の中に、アンバー達の驚愕の声と、怒りにまみれたジェダイトの声が響く。やがて風が晴れると、ジェダイトが部屋の中央に現れていた。手錠の外れた手には飾られていた聖剣が握られ、目は怒りで血走っている。
「もうこうなりゃヤケだ! アンタの思いどおりにやってやるさ! どいつをやりゃいいんだい!」
意味不明な言葉を叫びながら、ジェダイトが声を荒げて聖剣を抜き放った。
「い、いつの間に……」
「アンバー! 驚いてる場合ではありませんわ!」
イキシアが叱咤を飛ばしながら身構えた。それに続いてアンバーとジュリアンも攻撃に備える。だがジェダイトは、そこから斬りかかってくることも魔術を使うこともせず、そのまま何かを待つように構えていた。
「……そうかい、お子様の相手をしろってのか! じゃあ、少しばかり手荒にいこうかい!」
やがてジェダイトはそう呟くと、剣を振って風の魔術を繰り出した。
「「があっ!」」
狭い室内に魔術を躱すだけの空間は存在せず、アンバーとジュリアンは無残に吹き飛ばされた。
「ぐうっ……」
壁に激突した衝撃に耐え、アンバーが再び目を開いた時、ジェダイトがイキシアの攻撃を躱し、カーネリアに向かって斬りかかるのが見えた。
「危ない!」
アンバーの叫びに呼応するよりも早く、カーネリアは反応してみせていた。彼女はジェダイトを正面から見据えると、十字架のアクセサリーに手をかけ、ペンダントを引きちぎるようにして外す。
「何を……?」
追撃の構えに入っていたイキシアが驚きの声を漏らす中、カーネリアは十字架を左腕にあてがった。すると、チェーンが巻き付き、十字架が腕に固定される。
「乱暴しちゃ……いけないよ!」
カーネリアが叫ぶと同時に腕を振ると、十字架から刃が飛び出した。そこに斬りかかってきたジェダイトの剣が交錯する。
「おい……これで……いいんだろ!」
「……?」
対象のはっきりしない怒りをぶつけるジェダイトと、呆気に取られながらも冷静なカーネリアの表情は対照的だった。だが二人の間に生まれた光は二者を平等に巻き込み、熾烈な闘いの場となる異空間へと導いていった。
続く