プリンセス・クルセイド #4 【戸惑いと友情】 5
チャーミング・フィールドに降り立ったイキシアは、まず自分の剣を確認した。柄の部分に色とりどりの宝石が散りばめられた聖剣。はっきり言って、彼女の趣味ではない。その剣を一旦鞘に収め、今度は辺りを見回した。そこは穏やかな風が吹く草原で、空には星の海が広がっている。
「これが……あの方のチャーミング・フィールド?」
イキシアはひっそりと独りごちた。あまりにシンプルなフィールドだ。視界は地平線が見えるほどに雄大で、障害物一つ無い。光源は先程の星や満月のみで、こうして遠くまで見渡せることが不思議なほどに心もとない。そして、不気味なまでの静寂。チャーミング・フィールドは精神の現れだとは聞いていたが、これではあまりに虚無的だ。
「こんなところで戦うのか?」
突然前方から声が聞こえ、イキシアは身構えた。いつの間にか、そこにはメノウの姿が現れていた。
「ええ、そのようですわね」
「そのようですわね? ……ああ、貴女のフィールドではないんですね」
イキシアの相槌に、メノウは納得したように呟いた。その口ぶりから、イキシアは彼女がプリンセス・クルセイドに関して全くの無知では無いということを悟った。
(それならば……)
イキシアは機先を制すべく、剣の柄に手を掛けた。それを見て、メノウが手をかざすようにして制止する。
「お待ちください、王女。正式な闘いの前はお互い名乗るのが礼儀……そうではありませんか?」
「え、ええ……?」
突然の申し出に、イキシアは思わず剣から手を離した。メノウはその隙に構わず、淡々と話を続ける。
「私が王女に相応しい相手であるかは分かりませんが、できればその光栄に預かりたいと思っています」
「……良いでしょう。そこまでおっしゃるのならば、」
イキシアは手にひらを上にして自分の真正面を示し、メノウが自分と適切な間合いを取るように動くのを許した。その移動の間に、あらためて彼女の姿を確認する。年頃の少女にしては鍛えられている体で、決して華奢では無い。しかし、力と言うよりはスピードを重視しているようだ。やがて、メノウが足を止め、名乗りを上げる。
「私の名前はメノウ。ウィガーリー王国の……国民です」
彼女は不自然に言い淀んだが、何事も無かったかのように剣を抜き、体の前に構えた。
「わたくしの名前はイキシア・グリュックス、マクスヤーデン国の王女ですわ。人呼んで太陽のプリンセス!」
イキシアも高らかに名乗りを上げ、勢いよく剣を引き抜いた。そして刃にバイタルをみなぎらせ、眩く発光させる。
「はあっ!」
そのまま剣を打ち振るうと、刃の先から斬撃波が飛び出した。細い一筋の光が、メノウに襲い掛かる。
「はっ!」
メノウは余裕の動きで斬撃波を回避した。予想通りの身のこなしだ。しかし、ここまではイキシアの予想範囲内でもある。彼女は体勢を整えるメノウに駆け寄って間合いを詰め、同時にもう一度剣を光らせた。
「武芸十八般、鎖鎌術!」
手元の剣が変形し、分銅と鎖で繋がれた鎌が出現した。イキシアは走りながら鎖の中間点を右手で掴み、荒々しく分銅を振り回す。
「はあっ!」
気合い一閃、足を踏ん張って分銅をメノウ目掛けて投擲する。分銅はメノウの身体に巻き付き、鎖が縛りついて動きを封じる。
「くっ!」
「でえりゃあ!」
イキシアはおよそプリンセスらしからぬ声を上げながら鎖を引き、同時にさらに間合いを詰め、鎌を振り上げて身じろきすることもかなわないメノウに襲い掛かった。
「……せいっ!」
しかし、鎌の射程距離に入った瞬間、メノウが手首の力のみで剣を振るい、斬撃波を発射した。
「くっ……」
その刹那、イキシアは鎖鎌を発光させて変形させると、そのまま横に転がって斬撃波を回避した。そのまま片膝立ちの姿勢になり、発光したままの剣を水平に構える。
「武芸十八般、棒術!」
剣が身の丈ほどの棒に変わると、そこにメノウの剣が振り下ろされ、衝突と同時に弾かれる。
「ちっ……」
攻撃を弾かれた反動で、メノウが体勢を崩した。
「武芸十八般、短刀術!」
すかさずイキシアは棒を短刀に変え、反動で戻っていくメノウの剣に突き刺そうとした。メノウは飛び退いて距離を置き、一旦間合いを取る。
「なかなか……やりますわね!」
イキシアはその隙を突いて立ち上がると、仕切り直すように聖剣を剣の姿に戻し、不敵に笑った。
「王女のほうこそ……相変わらずだ」
メノウも剣を構え直した。彼女も同様に笑っているのを見て、イキシアの剣を持つ手に力がこもる。
「その聖剣の能力も見事です。では、そろそろ私のほうも……」
メノウはそう言って、一度剣を鞘に収めた。
「……力を試させてもらいましょう」
メノウは再び僅かに剣を抜くと、間髪入れずに鞘に戻して謹聴させた。
「なっ……なんですの?」
その直後の光景に、イキシアは目を疑った。メノウの姿が消えてしまったのだ。その瞬間、不気味な静寂と虚無的な風景が、思い出したように存在感を増す。
「……一体、どこに?」
イキシアは体勢を変えながら、縦横無尽に視線を走らせた。しかし、次に彼女がメノウを感じ取った時には、もう手遅れだった。
「……やれやれ、これは制御が難しいな」
「……え?」
耳元で囁くメノウの声が聞こえかと思うと、イキシアは腹部に裂かれるような痛みを感じていた。痛みは全身に広がっていき、やがて視界がおぼろげになっていく。
「……い、いつの間に……」
「貴女にこのようなことはしたくないのですが……今の私に貴女の聖剣を折る資格はありませんので」
メノウの言葉が妖しく、しかし高圧的にイキシアの脳裏に響き渡る。
「しゃ……しゃらくさいですわ」
その言葉に悪態を吐くのが精一杯だった。今やイキシアの視界は完全に光で覆われ、腹部の痛みは限界を通り越していた。
「……そうですね。貴女は……」
メノウの最後の言葉を聞き取れないまま、イキシアは膝から芝生の上に倒れこんだ。同時に、チャーミング・フィールドが収束していく。こうして、マクスヤーデン国王女は敗北した。